『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
語り劇演者・夢実子
脚本担当のかめおかゆみこです。
4日間にわたって、「みどころ」から感じたことを書いてきました。
第1巻 あらすじ みどころ メルマガ記事
第2巻 あらすじ みどころ メルマガ記事
第3巻 あらすじ みどころ メルマガ記事
第4巻 あらすじ みどころ
そして、今日のメルマガ記事です。
転載しますね。(改行は変えてあります)
★今日のフォーカスチェンジ♪ 第4896号
つながりあって、ひとつです
何もかもが便利になってしまった現代社会で、
私たちは、「からだを使う」ことを
忘れてしまっているように想います。
アタマだけで、何もかも解決するように、
思いこんでしまっているように想います。
けれども、アタマはからだの一部であり、
からだのすべてをカバーすることはできません。
そして、からだを使わずにいると、
アタマのはたらきもおとろえてしまうのです。
「零(zero)に立つ」の主人公・中川イセさんは、
柔道・合気道・空手・棒術の有段者でした。
これらの動きに共通しているのは、
「つながりで動く」ということのように想います。
仮に、手を動かすとしても、
そのとき動くのは、実は手だけではないのです。
手、腕、肩が連動しています。
肩が連動しているということは、肩につながる
背中、胸も動いています。
背中・胸…、つまり上半身が動くということは、
下半身にもその動きは伝わっています。
そんなふうに、本来、動きというのは
すべてひとつながりのものなのです。
そのことを忘れた動きは、
部分、部分におおきな負担をかけます。
肩とか、腰などを酷使して、
いためやすくしてしまうのですね。
現代人のからだの不調の理由のひとつは、
そんなところからもきているように想います。
そして、ちいさなところで起きることは、
よりおおきなところで起きることのひながたです。
社会もまた、本来は、からだと同じく、
つながりでできています。
ひとつが動くと、かたちとしては見えなくても、
ほかのものに影響をおよぼします。
だから、社会も、部分ではなく、つねに全体が
つながりあって動いていくものなのです。
目の前のことだけにとらわれると、
全体が見えなくなりますが、
一人ひとりの存在は、見えないけれども、
いつでも、全体とつながっているのです。
つながって、影響をおよぼしあっているのです。
そのことを忘れると、社会全体に、ひずみが起きます。
それが、現代のような気がしてなりません。
今日はちょっと、
話が広がりすぎてしまったかもしれませんが、
よかったら、想いをはせてみてください。
アタマだけではなく、からだまるごとの自分であること。
部分ではなく、全体で動くこと。
自分という存在は、いつでも、社会とつながっていること。
地球ともつながっていること。
そして、地球とつながっているということは、きっと、
宇宙ともつながっていること。
あなたも、私も、イセさんも、つながりあって、ひとつです。
イセさんのパワーは、きっと、あなたともつながっています♪

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01★あきらめていた夢に挑戦しました!
02★この突き抜けた底力!
03★亡父を見直すことができました
04★愛に根差して行動する勇気
05★心の重荷がようやく取り除かれました。
06★自分自身を精一杯生きること
07★負けない、負けない、負けない。
08★自ら決めて行動しなさい
09★生きざまを見守って下さい。
10★覚悟を決めて、捨て身になる
11★「どうせ」の破壊力に対する「希望」の力
★ご質問をいただきました。
「岬を駈ける女」ほか、イセさんをあつかった、これまでの本と、
「零(zero)に立つ」との関係について
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「大函」
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん