2016年12月14日

物語版「零(zero)に立つ」第19章 駆け抜ける日々(6)/通巻144話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1988年。イセ、87歳のときである。

「監獄の理事長になってもらえませんか?」と依頼を受けた。

「監獄」とは、博物館「網走監獄」のことであり、理事長とは、
それを運営する保存財団の理事長のことである。

博物館「網走監獄」は、網走観光のメッカのひとつでもある
ので、ご存じのかたも多いだろう。

網走刑務所の旧建造物を、そっくりそのまま移設し、保存公
開している、野外博物館である。

「1973年(昭和48年)に、網走刑務所の改築計画が公表
され、貴重な建築物が失われることを憂慮した網走新聞社
(現在は廃刊)社主の佐藤久が、刑務所建築物の移築保存
を提唱した。
これに網走市、北海道、法務省などの関係機関も協力し、
財団法人を設立するに至った」
(ウィキペディアより)

この提唱者である佐藤と、イセは旧知の友人であり、イセも、
初代理事のひとりに、名をつらねてはいた。

網走監獄は、1983年(昭和58年)に開館し、少しずつ知
名度もあがってはいたが、設立当初の負債はまだまだ返し
切れていなかった。

ところが、そんななか、佐藤が急逝してしまう。

当然、財団は、あたらしい理事長を選出しなければならない。

しかし、理事に名をつらねていたものたちは、たいていは、
会社の社長など、自分の事業を背負うものばかりである。

とても、9億もの負債を背負うわけにはいかない。

白羽の矢が立ったのが、イセだったのである。

「ばっちゃん。これを引き受けてもらえるのは、あなたしか
いない」

皆の懇願に、イセは、目を閉じてじっと考えた。

友人である佐藤が、私財をなげうってまで、この博物館の
建設に想いをかけていたことを知っている。

そして、何より、人権委員として、網走刑務所で講話をおこ
なったとき、刑務所長に聴かされた話…。

「1890年(明治23年)、中央道路の開削工事を行うため、
釧路集治監から網走に囚徒を大移動させて開設。
発足時の囚人数は1392人でその3割以上が無期懲役で
あり、ほかの囚人も刑期12年以上の重罪人であった。
中央道路工事は、1891年(明治24年)のわずか1年間で、
網走から北見峠まで約160kmが開通しており、過酷な労働
条件による怪我や栄養失調が続出し、死者は200人以上と
なった」
(ウィキペディアより)

なぜ、そんなにも急いで、中央道路をつくる必要があったのか。

当時、南下政策をとっていたロシアの脅威に対抗するため、
大至急、北海道の開拓をすすめる必要があったのである。

そのため、受刑者たちは、網走に移動させられた。

それまでちいさな寒村だった網走の人口が、激増したのは、
この刑務所移転のためである。

いわば、網走は、刑務所によって発展した町ともいえるの
である。

その受刑者たちが、原野を切り拓いて、北海道の道路をつ
くった。しかも、わずか1年という期限で。

その過酷な労働で、ときに、1日に8名もの死者が出たこと
もあったという。

「もともとが、罪を犯した人間なのだから、死んだとしても、
そう問題にはなるまい」

そんな、為政者たちの人命軽視が透けて見える。

実際、当初こそ、亡くなったものは棺に入れられ、網走ま
でもどされたが、距離が離れるにつれて、そんな余裕もな
くなる。

ましてや、冬を前に、工事は夜を徹しておこなわれた。

受刑者たちは、逃亡をふせぐため、足に鎖をつながれた
まま、はたらいていた。

力尽き、たおれていのちを落とせば、そのまま、道の脇に
埋められた。

そして、いのちを落としたのは受刑者だけではなかった。
ともに工事の監督にあたった、看守たちもであった。

昭和になって、埋められたひとびとの発掘作業がおこなわ
れるのだが、鎖につながれたままの白骨が掘り出されると、
ひとびとの涙を誘ったという。

この、受刑者を使った労働は、実は国会でも問題になり、
「囚人は果たして二重の刑罰を科されるべきか」と追及さ
れて、明治27年、廃止される。

しかし実際には、炭鉱労働など、いわゆる「タコ部屋」と
呼ばれるような、過酷な労働形態は、長くあとを断たなか
ったのである。

イセは、じっと、この網走監獄の歴史に想いをはせた。

この歴史を、後世に残すことは、人権擁護に生涯をささげ
てきた自分の使命といえるのではないか。

こころは決まった。イセは目を開け、きっぱりと言った。

「引き受けましょう」

そのことばに、息をのんで見守っていた財団のものたちは、
よろこび、ほっと安堵の顔を見せた。

そんな彼らを前に、イセは、にやっと笑ってこう言った。

「まあ、仮に借金がこげついたとしても、銀行だって、90に
もなろうというばあさんから、身ぐるみはぐわけにはいかん
だろう」


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※網走以外の、オホーツク地方の写真も掲載していきます。
lilypark.jpg
「小清水リリーパーク」 
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 05:04| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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