2016年12月09日

物語版「零(zero)に立つ」第19章 駆け抜ける日々(3)/通巻141話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1962年、イセの夫、卓治が亡くなった。72歳だった。

実は、イセが、市議会議員として、いそがしく飛び回ってい
た1950年代、卓治は、一度、脳卒中を起こして、倒れて
いた。

さいわい、いのちはとりとめたが、いくぶん、後遺症が残っ
てしまった。

それ以来、卓治は、対外的な活動をすることもなくなり、家
でゆっくり静養していることが多くなっていた。

もう、かつてのように、深酒をしてあばれることもない。

思えば、卓治が一番ほしかったものは、あたたかい家庭
だった。

10歳のとき、母が離婚で家を出され、自分の一度目の結
婚も妻と気持ちがあわずに分かれ、30歳になろうというと
き、イセと出会った。

それから、ずっと苦楽をともにし、生きてきた。

借金のことなど大変なことはあっても、卓治にとっては、こ
の時代が、一番幸福な時代だった。

やがて、息子の宗治も成人して、結婚。牧場の経営も、す
っかりまかせられるようになった。

卓治にとっては、そのころにはもう、人生のさかりはすぎて
いたのである。

だから、脳卒中のあと、からだが不自由になってからは、ほ
とんど好々爺のような生活を送っていたと言っていい。

人生の幸福を手に入れた卓治の晩年は、こうして、静かに、
おだやかに暮れていったのである。

また、何年も、そんな生活がつづいていたから、イセは、卓
治の死を、比較的しずかに受け止めることができた。

もちろん、夫の死が、かなしくないはずはなかったが、この
ころの日本人の平均寿命は、約70歳である。

そう考えると、卓治はけっして短命であったわけではない。
あきらめのつく年齢でもあったのである。

イセは、毎朝、仏壇の前で手を合わせた。

(あんた、よくがんばったね。私も、あと20年もしたら逝く
だろうから、それまで待っていてね…)

あと20年経てば、イセは81歳だ。

27歳のとき、義父・茂市の借金14万円(いまに換算する
と、約2億8千万円)を肩代わりしたとき、北海道拓殖銀行
に、50年割賦(ローン)を申し入れた。

「50年経ったら、あなた、80歳近くになりますよ」

頭取があきれて言うのにたいして、

「いいえ、私はからだが丈夫ですから、80歳になっても元
気にはたらいています!」

そう言い切ったあの日のことが思い出される。

日本人の平均寿命が、45歳だったころである。

(そう。私は丈夫だから、少なくとも、あと20年は、待って
てもらわなくちゃね…)

イセは、ほほえみながら、卓治の遺影に語りかけた。

まさか、この先、40年以上生きるなどとは、思いもよらな
いイセである。

しかし、翌年、1963年、さらにおおきな不幸が、イセをお
そった。

愛子の子ども、尋仁が亡くなってしまったのである。

イセにとっては、養子にした清の忘れがたみであり、誰より
もかわいがっていた孫である、

死因は、結核であった。

元気に育っていった尋仁が、結核に罹患したのは、高校生
のころだったと思われる。

網走のとなりにある、北見市の病院に入院することになった
が、病状は、悪化の一途をたどった。

結核は、かつては「国民病」と言われたほど罹患者が多く、
いまなお、年間18000人のひとが罹患し、2000人近
いひとが亡くなっている。

当時は、その倍近くも、罹患率は高かった。

若いからだを、結核菌は容赦なくむしばみ、治療の甲斐な
く、尋仁はそのいのちを散らしたのである。

享年20歳。

さしものイセも、足もとが崩れ落ちるような気持ちになった。

遊廓で、からだをいためていたイセは、卓治とのあいだに、
子どもをもうけることができなかった。

だから、愛子の子どもである尋仁だけが、たったひとり、イ
セの血を受け継ぐものだったのである。

どれだけ、この孫の成長をよろこんできただろう。

その尋仁が、わずか20歳で…。

それでも、いつまでもふさいだ気持ちのままでいることはで
きない。

それだけたくさんの仕事と責任が、イセの肩にかかっていた
のである。


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※網走以外の、オホーツク地方の写真も掲載していきます。
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「上湧別チューリップ公園」 
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:54| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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