『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
一介の市議会議員にすぎなかったイセが、中央とのつながりを
もつようになったのは、まちがいなく、この自民党道連の婦人
部長になったためである。
道連本部のある札幌へも、ひんぱんに出向くようになった。
東京まで飛ぶこともしばしばあった。
先進的なこころみをやっているという事例を聴けば、他県にも
どんどん視察にいった。
道連に、小柄だが、やたら生きのいい婦人部長がいる、という
うわさは、いつのまにか広がっていった。
人脈も一気にふえていく。
もっとも、イセは、それを足がかりにして、中央に出ようなど
とは、露ほどにも考えなかった。
自分は、網走のために尽力する。ただ、引き受けたからには、
道連の仕事も、やれるかぎりのことはやる。それだけである。
中央では、1960年、岸内閣に代わって、池田勇人内閣が発
足していた。
1962年、参議院議員選挙の応援のために、池田総理が札幌
入りした。
やはり応援のため札幌入りしていたイセは、これは千載一遇の
チャンスだと考えた。
5年前の1957年、売春防止法が制定されたが、いつまでた
っても、裏で、あこぎな商売をやるものが絶えない。
党は、これをどう受け止めているのか。法律だけつくって終わ
りでは意味がないではないか。
それを直談判しようと考えたのである。
イセは、親しくしていた、道連の青年部長に声をかけた。
「あんた、青少年育成事業のことで、党の方針を聴きたいって
言ってたでしょ。これは、いいチャンスだよ」
「ええっ、そんなこと、いきなりやっていいんですか?」
「わたすらは、市民のためにはたらいてる。市民のためになる
ことなら、何を遠慮することがあるかね」
「相手は総理ですよう…」
「総理だから、話が早いんじゃないか」
「上の了解も得ないで、あとで問題になったりしないかなあ」
「そんなことしてたら、総理は次のところに移動してしまうよ。
問題になったら、わたすが責任をとってやるから、あんたは心
配しなくていい」
その日、応援演説を終えた池田総理に電話をかけ、イセは、自
分の泊まるホテルの一室に、総理を呼び出した。
「どうしても、お話ししたいことがございます」
イセのうわさは総理も耳にしていたから、何ごとかと興味を示
して、呼び出しに応じてくれた。
イセは、ここぞとばかり、持論をぶつけた。
「女性の人身売買は、絶対にみとめられません。けども、現状
はそうはなってません。党としては、これをどのように考えて
おりますか?」
池田総理は、もともと大蔵省の出身である。つまりは経済には
強いが、こうした、人権擁護の側面には、精通していない。
それにたいして、イセは、火の玉のように熱く、女性差別の問
題をうったえる。
池田総理は、ただただ圧倒される想いで、そのうったえを聴く
しかなかった。
のちに、このときのことを、青年部長は、苦笑いしながら、知
人に打ち明けた。
「あのときは冷や汗もんだったよ。一国の総理を呼び出して、
ホテルの一室に監禁したようなものだからねえ。
それにしても、中川さんは、相手が誰でも臆するということ
がない。いやはや、たいしたもんだよ」
池田総理が、イセのうったえを、どれほど現実に反映させるこ
とができたかどうかは、わからない。
「所得倍増計画」をかかげた池田内閣のもと、日本は、高度経
済成長時代に突入していくのである。
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「上湧別チューリップ公園」
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん