2016年12月05日

物語版「零(zero)に立つ」第18章 塀の向こう(4)/通巻137話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


イセは、語りだした。

自分は、2歳になる前に、母が病気で亡くなったこと。

父親が、博打打ちで、里子に出されることになったが、養育
費を払ってもらえなかったこと。

そのため、ひきとってくれた里親の家に、大変な苦労をかけ
たこと。

貧乏人、里子、博打打ちの子どもということで、まわりから
いつもいじめられていたこと。

いじめられても、絶対に負けずに、やり返したこと。

里親の家の子どもにうとまれて、わざと食事を食べさせても
らえなかったこと。

向かいの家の子と仲良くなり、そこで食事をさせてもらえる
ようになったこと。

運動会では、がんばって一等賞をとって、賞品のノートを獲
得したこと。

貧しく、身なりもぼろぼろだったので、4年生にあがるとき、
総代として壇上にあがることをゆるされなかったこと。

その4年生のときに、10年近く音沙汰のなかった父親が、
継母とともにやってきて、いきなり実家にもどされることに
なったこと。

学校に行かせてもらえず、家の仕事をさせられたこと。

11歳のとき、継母と衝突して、父にも家をたたき出され、
みずから家出を決めたこと。

ひとりで、住み込みの仕事を探したこと。

…イセの話は、よどみなくつづいた。

お説教や訓示のようなことばは、ひとつもなかった。

ただ、淡々と、自分の身の上を語った。

受刑者たちは、はじめ、しんとして、話を聴いていた。

が、話がすすむにつれて、そこかしこで、すすり泣きの声
が聴こえはじめた。

誰もが、多少なりとも、イセと重なる境遇をたどってきた。

親に捨てられたもの。親を捨てたもの。

空腹に耐えきれず、やむなく盗みをはたらいたもの。

ささいなけんかから、ひとを傷つけてしまったもの。

ひとにだまされ、ひとを信じることができなくなったもの。

その誰もが、自分の人生を、これでよしとしてきたわけでは
ない。

できれば、まっとうな生きかたを選びたかった。

いま、目の前にいる小柄な女性は、遊廓にまで落ち、多大な
借金を背負いながらも、その逆境をはねのけて、生きている。

世をすねることもなく、ひとを踏み台にすることもなく、自分
の人生を生きている。

それどころか、女性ながら市会議員となり、ひとのために尽
くす人生を歩んでいる。

こういう生きかたもあるのだ。

こういう生きかたを、選ぶこともできるのだ。

自分も、どこかで、ちがう道を歩むチャンスがあったなら…。

あのとき、ああしていれば…。

受刑者たちのこころには、そんな想いが交錯していたので
はないだろうか。

「わたすが、いまこうして生きていられるのは、わたすをさ
さえてくれた、たくさんのかたのちからがあったから。

網走という、この土地が、あたたかく、やさしく、わたすを
受け入れてくれたから。

だから、みなさんもどうぞ、しっかりとここでのおつとめを
すませて、外の社会にもどってきてください。

みなさんをむかえてくださるかたがたが、きっといます」

イセは、そう言って話を終え、頭を下げた。

静かに拍手が湧き、やがて次第に大きくなっていった。

拍手は、教誨堂のなかにこだまし、ながい時間、なりやむ
ことがなかった。


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garinkogou.jpg
「ガリンコ号U」 
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 07:07| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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