2016年12月02日

物語版「零(zero)に立つ」第18章 塀の向こう(3)/通巻136話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


網走郡津別町の阿幌(あほろ)岳に源を発し、網走湖の横で
おおきく蛇行して、オホーツク海にいたる、網走川。

その蛇行するそばに、「鏡橋」という名の橋がかかっている。

その向こうは、網走のひとびとにとって、近くて遠い場所で
ある。

1922年に「網走刑務所」と改称された「網走監獄」が、そこ
にある。

刑に服するひとびとは、必ずこの橋をわたるのだ。

そして、無事に刑期を終えることができれば、この橋をわた
って、一般社会にもどっていくことができるのだ。

「鏡橋」の名前には、「流れる清流を鏡として、我が身を見
つめ、自ら襟をただし目的の岸にわたるべし」との思いが込
められている、という。

イセは、その橋をわたり、はじめて網走刑務所の敷地へと、
足を踏み入れた。

最初に案内されたのは、所長室だった。

「このたびは、わたすのようなものをご指名いただきまして」

イセが頭を下げると、所長は首を振ってこたえた。

「とんでもない。本日は楽しみにしておりました。

ふだんは、牧師さんやご住職にお願いすることが多いんです
が、ひょんなことから、中川さんの経歴のことが話題になり
まして。

いや、大変な人生をお送りになられましたね。

ご想像いただけるかと思いますが、ここに入っているものた
ちも、不遇な環境を体験してきたものが少なくありません。

それで、そういうお話をしていただくほうが、彼らにとって
は、みぢかに感じるのではないかという話になりまして」

言われて、なるほど、自分が呼ばれたのはそういう意味だっ
たのかと、あらためて納得した。

時間がきて、案内されたのは、「教誨(きょうかい)堂」と
呼ばれる建物だった。

「教誨」とは、「矯正施設において収容者・受刑者の徳性の
育成や精神的救済を 目的として行われる活動」のことである。

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イセが、教誨堂に入ると、すでに、数百人の受刑者たちが、
整列して、すわっていた。

イセは、正面のステージにのぼると、ゆっくりと受刑者たち
の顔を見渡した。

網走刑務所は、12年以上〜無期懲役の受刑者のみが集め
られ、屈強のものでさえ、「網走に送る」と言われれば、顔
色を変えるようなところだ。

しかし、1973年に改築のため、長期服役者は旭川に移送
され、以後は、おもに軽犯罪者を受け入れるかたちに変わ
っている。

だが、このころは、まだまだ、10年、20年という、長期服
役者もおおぜいいた。

この数百人は、一人ひとりが、それぞれの重い歴史を背負っ
て、ここにいるのだ…。イセはそう感じた。

イセは、ゆっくりと口をひらいた。

「いま、所長さんに、この網走刑務所の歴史について、お話
をうかがいました。

明治時代に、北海道の中央道路をつくるために、網走刑務
所に入っておられたかたがたが、その作業にあたった。

わずか1年で、原始林をきりひらいて、200キロ近い道をつ
くるという、過酷な作業だったとうかがっています。

そのために、多くのかたがたがいのちを落とされたことも、
うかがいました。

北海道の道は、ひいては、網走の町は、みなさんのちからに
よってつくられたわけですね。

私たちは、みなさんに感謝しなくてはならないと思います」

受刑者たちの視線が、壇上のイセに集中するのがわかった。

ここに入ってから、「感謝をしなさい」と言われたことはあっ
ても、「感謝する」と言われたのは、はじめてだったからだ。

イセは、つづけた。

「わたすは、先ほど、市議会議員という肩書きでご紹介をい
ただきましたが、今日は、そういう肩書きではなく、

みなさんと同じように、人生の辛酸をなめてきたひとりの人
間として、お話しさせていただきたいと思います」


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※網走以外の、オホーツク地方の写真も掲載していきます。
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「流氷(紋別)」 
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 05:43| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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