2016年11月25日

物語版「零(zero)に立つ」第17章 イセ、奔走す!(9)/通巻131話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


ある日のことだ。見知らぬ女性の名前で、手紙が届いた。

開けてみると、津別の料理屋につとめているという、女性か
らだった。

「助けてください。私たちは、〇〇という店につとめている
ものです。
表向きは料理やですが、裏では、男をとらせているんです。

私たちは、住み込みではたらいていて、店主におどされて、
しかたなくしたがっています。

でも、先日、◇◇さんが病気になって伏せっているとき、
『ただで置かせておくことはできない』と言って、◇◇さん
にまで、お客をとらせようとするんです。

私たちは、相談して、あなたに手紙を書くことにしました。
中川イセさんというひとは、弱い女性の味方だと、店にきた
ひとが話しているのをきいたからです」

たどたどしい筆致からは、慣れない手紙を必死で書いたこと
が伝わってくる。

津別は、網走から60キロあまり離れたところにある町である。

イセは、すぐに汽車に乗り、津別のこの店に出向いた。

(当時、網走から津別までは、網走〜美幌(びほろ)まで石北
線で行き、美幌から相生線に乗り換える。ちなみにこの相生
線は、1985年に廃線になった)

最初、名刺を見ると、店主はけげんそうな顔で、イセを見た。

「網走の議員が何しにきた」

「ちょっと気になるうわさを聴いたのでね。たしかめにきた
んですよ」

店主は、一瞬いやな顔をしたが、そっけなく言った。

「ここは津別だ。あんたには関係ない」

「あんたにはなくても、私にはあるんだよ。ちょっと、はた
らいているひとたちと、話をさせてもらいたいんだけど」

イセは、なかば強引に店主を押しきり、2階の座敷に女た
ちを集めると、話を聴いた。女たちは、全部で6人いた。

「まさか、きてくれるなんて思ってもみなかった」

涙ぐむ女たちに、

「助けをもとめられたのに、ほっとくわけにはいかないよ」

イセはそう言って、手紙を書いたという女をはじめ、ほか
の女たちの話にも耳をかたむけた。

「私たち、どうしたらいいんですか」

「ここをやめても、はたらくところがなくて…」

イセは、女たちをはげました。

「あきらめちゃだめだ。人間、本気で生きてりゃなんとかな
る。まずは、いったん、ここを出ることだ」

「でも、私たち、お金も店主に管理されてるんです」

やはり、かつての遊廓と変わらないやりかたで、女たちは自
由をうばわれていたのだった。

「だったら…」

イセは、財布からお金を出すと、そっと、女たちに手渡した。

「夜中になったら、こっそり店を抜け出して、汽車に乗って、
網走の私のうちまで逃げておいで」

女たちは、おどろいた。

「え、でも、私たち、お金を返せません」

「返さなくていい。これは私から、あんたらにやるんだか
ら。駅から、私のうちは…」

イセは、駅からの地図も書いて、女たちにわたした。

その日は、店主には何も言わず、そのまま帰った。

女たちは、あとから相談したようで、その夜の最終列車で、
6人全員が、網走までやってきた。

「よくきたね。まずは休んで、この先どうするか考えよう」

女たちは、顔を見合わせた。意を決してきたものの、先のこ
とまで、じっくり考えたわけではない。

イセも、無責任に、女たちを世間に放り出すことはできない
と考えていた。

女たちは、これまで、自分の意思などかえりみられることな
く、いつもひとの思惑に動かされて生きてきたのだ。

それは、ひととしての尊厳をうばわれた生きかたではあるが、
女たち自身も、どこかそれをよしとしてきた面があった。

自分が変わると決めなければ、だめなのだ。

これまで、大勢のひとと出会って、その生きかたを見てきた
イセは、そのことがよくわかっていた。

「本気で店を出たいのか? それとも、待遇が改善されれば、
このままはたらいてもいいのか」

イセは、女たちの話をじっくりと聴いた。

男をとらされるのはいやだ。でも、普通に料理屋としての仕
事だけでいいのであれば、これまでどおりはたらきたい。

それが、女たちの気持ちだった。

「わかった」

イセは、店主に連絡をとった。


いよいよ、明日本番!
------------------------------------------------
札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
------------------------------------------------
----------------------------------------------------

「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
1200円+送料200円=1400円 ※2冊以上でも、送料は据え置き200円
詳細は、こちら
-----------------------------------------------------------------


夢実子の語り劇を上演してみませんか?



※網走以外の、オホーツク地方の写真も掲載していきます。
wakkagenseikaen.jpg
「ワッカ原生花園」 
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 02:54| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。