2016年11月17日

物語版「零(zero)に立つ」第17章 イセ、奔走す!(4)/通巻126話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


明治末期、ガス・水道事業の発展にともない、国内では、製
鉄会社が相次いで設立された。

そんななかで、1912年に設立されたのが、日本鋼管である。

設立に当たっては、当代の実業家・渋沢栄一が発起人に名を
連ね、どれだけこの会社の設立にちからを入れていたかをう
かがわせる。

戦後も、脈々と生き残ってきた会社のひとつである。

イセたちは、この日本鋼管に、網走の水道事業を委託しよう
と決めた。

「しかし、引き受けてくれるかね。1年ぶんの一般関係予算
より、工事費のほうが高いんだからな」

「おおきな工事をするときには、何年か分割で払うのは、ほ
かでもやっていることだ」

「それでも、もっと資金を確保してからでないと、交渉のテ
ーブルについてもらえないのでは」

「それではいつ着手できるかどうかわからないぞ」

「まずは交渉だ。東京まで行って、直接交渉するしかない」

「誰が行く?」

議員たちは、顔を見合わせた。

これまで、地元出身の国会議員のところに陳情に行くという
ことはあっても、一大事業の交渉になど、そうそう立ち合っ
たものはいない。

まして、行けばいいというものではない。相手を説得して、
交渉を成立させる必要があるのである。

ひとりは、市長か助役かということになり、結局、南部正助
役に決まった。

もうひとりは、木下弥三吉市議。木下は、戦前から登山の愛
好者で、網走山岳会の創設者でもある。

知床登山道の開削にはじめて取り組んだ功績もある。

いまも、知床には「木下小屋」という山小屋があり、木下を
顕彰する記念碑が建っている。

藻琴山の湧水を発見することができたのも、この木下の豊富
な山岳知識によるところがおおきい。

もうひとり、というところで、イセに白羽の矢が立った。

「あんたが行ってくればいい」

「わたすが?!」

水道敷設の話を、議会に提案したのは、たしかにイセである
が、議員2期目。まだ何の実績もない。

「女性代表っちゅうことだ」

これまでさんざん、「素人は」「女のくせに」と言っていた
くせに、腑に落ちないところはあったが、交渉に参画できる
のはいやなことではない。

「わかりました。引き受けさせていただきます」

こうして、3人は、東京に向かうことになった。

ちなみに、網走地方には、現在、女満別空港があり、東京へ
の直行便がたくさん出ているが、当時、網走から東京へ行く
には、いったん札幌に出るしかなかった。

ちなみに、女満別空港は、1935年、気象観測用の飛行場
としてつくられたものを、戦時中、海軍が美幌第二飛行基地
として使用していた。

戦後、連合国軍により爆破され使用不能になり、1952年、
アメリカ軍が接収。1958年に返還されている。

また、札幌から東京に行くにも、現在の新千歳空港は、まだ
できておらず、航空自衛隊千歳基地の飛行場を、民間と共有
していた。

もともと敗戦直後から、GHQが、すべての日本国籍の飛行
機の運航を停止しており、それが解除されたのは、1950
年のこと。

羽田−札幌航路の開設も、1951年11月のことであり、
そうでなければ、東京まで、陸路で行かなければならなかっ
たろう。

そんなわけで、これが、イセの飛行機搭乗初体験となる。

いつもは、議会で熱弁をふるい、古株議員をやりこめたりす
るイセも、このときは、まるで、子どものようであった。

飛行機が離陸した瞬間に、「わっ! 地球から離れた!」と
叫び、まわりで聴いていたものが吹き出した。

そのあとも、上昇するときには、「わー、酔いそう!」
上空にあがってからも、「すごい! 雲が下に見える!」
乱気流でゆれると、「お、落ちないかね」

そのたびに、まわりがくすくす笑うものだから、南部助役と
木下市議が、「だまってろ!」と命じる始末。

1952年(昭和27年)はじめのことである。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
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詳細は、こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
20161117261.jpg
「エゾスカシユリ」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供

posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:40| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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