『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
ふたを開けてみると、網走市議会定員30名のところ、83名
もが立候補する、大混戦になっていた。
うち、女性は、イセをふくめ、5名だった。
そのなかには、町でとりあげた赤ん坊が、3000人と言われ
る、産婆さんや、送り出した卒業生が1600人いるという、
元小学校の先生もいた。
これまでの選挙といえば、立候補するのは、大半が現職議員。
何人か新人がいても、たいていは、引退した議員の二世だっ
たり、関係者だったりした。
そもそも、落選するひとの数のほうが、圧倒的に少なかった
のである。
だから、票を読むのは、それほどむずかしいことはなかった。
ところが、このときの選挙だけはちがった。何しろ、2.7倍の
激戦である。
どの候補たちも、票集めに血まなこになった。
選挙事務所で酒をふるまったり、仕出しの料理を用意するな
どして、選挙違反まがいのことをやるものも、少なからずいた。
そんななかで、イセたちはどうしていたか。
何しろ、推薦されて立候補したまではいいが、主力は、牧場
の関係者。選挙に通じているものが、誰ひとりいないのである。
頼りの卓治も、差し入れの一升瓶をごきげんに開けて、気持
ちよく床にころがっている。
「さあて、どうすべか」
とりあえず、知り合いの書道の先生に頼んで、半紙に、「立
候補 中川イセ」と書いてもらい、「選挙ちらし」をつくっても
らった。
それを電信柱に貼るのであるが、背の届く低い位置は、すで
にほかの候補のちらしが貼られてしまっている。
そこで、貼れそうな壁のある家を見つけては、「貼らせても
らっていいか」と頼む。
イセは、もともと、自分から議員になろうと想って、立候補
したわけではない。
だから、基本的に腰が低い。かといって、票のためにこび
へつらうわけでもない。
気持ちよくお願いをし、OKしてもらえてもことわられても、
いつもの笑顔と明るい声で「ありがとうございます」と言う。
そんなイセに共感して、「がんばんなさい」と、応援してく
れるひともいた。
いや、なかには、
「なんだか頼りないねえ。どうせ誰に入れていいかわかんな
いし、あんまり少ないのもかわいそうだから」
と同情して、票を入れてくれたひともいるらしい。
(イセ自身が、のちに述懐している)
そして、いよいよ、街頭演説である。
イセは、久しぶりに自転車を引っ張りだしてきた。
ここしばらくは、馬に乗り慣れてきたが、町のなかをこまめ
にまわるには、やはり自転車のほうがいい。
思い切りペダルをこぎ、能取の家を出発する。町までは約
12キロ。そこまでは人家はほとんどない。
イセは、さらにペダルをこぐ足にちからを入れた。
早春の風が、顔にあたる。気持ちがいい。
林にも道にも、雪はまだ残っていたが、イセは得意の運動神
経で、あぶなげなく、走りぬけていく。
流氷はとっくに去って、オホーツクの海は、日の光を反射し
て、美しく光っていた。
やがて、町並みが見えてきた。
釧網本線の線路が、海岸沿いから町のなかに向かって伸
びている。
かつては、海の近くにあった網走駅も、1932年(昭和7年)、
には、現在の内陸寄りの場所に移転していた。
その海沿いの踏切の近くで、イセは自転車をおりた。
イセについて、集まってきた支援者が、たずねる。
「イセさん、演説なら、もう少し、町のなかに入ってからの
ほうが」
しかし、イセは首を振った。
「いや、ここでいいんだ」
イセは、メガホンをもち、ゆっくりと息を吸った。
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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
「ミズバショウ」
※一般社団法人網走市観光協会さまご提供