2016年11月09日

物語版「零(zero)に立つ」第16章 初の女性市議会議員誕生(3)/通巻120話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1945年12月17日、改正衆議院選挙法が改正され、女性
の参政権がみとめられた。

翌1946年4月10日の、戦後初の衆議院議員選挙で、日本
初の女性議員39名が誕生する。

ちなみにこのときの議席数は、466。(ただし、アメリカ占領
下にあった沖縄の定数2はふくまれず)

女性の議席は約8%ということになるが、この数字も、次の
第23回衆議院議員総選挙では激減して、15名になり、わず
か3%。

その後、増減はあるものの、2005年の第44回総選挙まで、
最初の39名を超えることができなかったというから、おどろ
くほかない。

さて。その翌年1947年。網走は、市制変更により、町から
市に移行した。

それにともない、女性も立候補できる、初めての市議会議員選
挙がおこなわれることになった。

町が、そんなもりあがりを見せている、ある日のことである。

卓治が組合の寄り合いから帰って来ると、玄関先でおおきな声
でイセを呼ぶ。

「おーい、イセ!」

声の調子から、酒も入っているようである。

「お帰りなさい、あんた。なんですか、おおきな声を出して」

呼ばれて、イセが出てくると、卓治は、太い声をさらに太くし
て言った。

「イセ! おめえ、選挙に出ろ!」

「はあ?」

イセが、ぼかんとした顔をすると、卓治は、いきおいづいて
言う。

「いま、寄り合いで、選挙の話になってな。
組合員が、おらに立候補しろって言うんだ。

だども、おらは、堅苦しいことは苦手だし、しゃべるのも得
意じゃねえ。

だから、おらより、イセのほうが向いてるって言ったら、そ
だなってことになって、全会一致で決定だ!」

「ちょっと待って。そんな大事なこと、わたすにことわりも
なく…」

「なんだとうっ! 亭主のおらがいいって言ってることが、
聴けないってか」

以前のようにあばれなくはなったものの、酒を飲んでいると
きの卓治は、威勢がいい。

しかし、そこで負けているイセではない。

「いやだと言ったら、いやです! あんた、お義父さんが、
なんで、あんな大変な借金をしたか、忘れたの? もとはと
いえば、選挙のためのお金だったでしょ」             

「いや、待て。それは、昔の選挙の話だ。いまは、そういう
ことをすると、選挙違反になるんだと」

いくら言われても、納得のいかないイセではある。

しかし、卓治は、それ以上、イセの話を聴こうとせず、「もう
休む」と言うなり、家の奥へと入っていった。

「とにかく、全会一致で決まったもん、くつがえすわけには
いかねえから、そのつもりでいろ」

とりつく島もなく、困り果てたイセが、翌日、馬小屋で馬の
世話をしていると、顔なじみの組合員が、ひとり、馬をあず
けにやってきた。

イセは、その男をつかまえて、昨日の寄り合いの話を聴い
てみた。

男は言った。

「ああ、ほんとだよう。今度の選挙には、女が十人も出るん
だって。んだけど、どのひとより、イセさんのほうが立派だっ
つうんで、みんな、賛成しただよ」

「そんな、いいかげんな…」

すると、男は、真顔になって言った。

「いいかげんな気持ちでねえ。

これまで、選挙っつったら、ぺこぺこ頭下げてきて、受かっ
たが最後、いばりくさって、おれらのこと、見向きもしねえ、
そんなやつらばっかりだったよ。

馬喰なんて、やくざな仕事みてえに見下げられてるけど、イ
セさんだったら、おれらの気持ちをわかってくれる。

だから、おれらは、本気でイセさんに議員になってもらいた
いんだ」

そのことばに、イセは胸をうたれた。

自分自身、遊廓から身を起こして、ここまでやってくるあい
だ、どれだけさげすみの目で見られてきただろう。

弱いものの気持ちがわかるのは、弱いものだけだ。
自分が出ることで、助かるものがいるのなら、やってみよう。

ようやく、イセの腹が決まった。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
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詳細は、こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
20161109253.jpg
「ミズバショウ」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:08| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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