『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
戦争は終わったが、ひとびとのこころに、さまざまな影を落
としていた。
このところ、組合の寄り合いなどで、気になるうわさを聴く。
子どものけんかや泥棒がふえているというのである。
「ひどいもんさあ。庭に積んでおいた野菜、ごっそりとって
いくんだも」
「子どもがやったって、なしてわかるの?」
「見たひとがいるんだってさ。見張り立てて、何人かでごそ
っと…」
「うちも、物置のかぎ、こわして中に入られた」
「ここんとこ、けんかもひどいな」
「ああ、町んなかで、よく見かける」
「気持ちがすさむんだよな。このご時世で、学校出たって、
どこも行き場がないしな」
聴きながら、イセは考えた。
たしかに、時代の先行きは明るくはない。子どもの気持ちが
すさむというのもわかる。
それをそのままにしていいものだろうか?
イセは、子どもが好きだった。
実の子の愛子は、直接育てることはかなわなかったが、4歳
からずっと一緒だった宗治を、実の子のようにかわいがって
きた。
牧場仲間が、子どもを連れてくると、いつも、何かしら、お
やつをこしらえては、あげてもいた。
子どもたちも、「中川のおばちゃん」と呼んでしたってくれた。
子どもは未来の宝だ。あのとき、米軍のおとりになっても…
と決意したのは、その子どもたちを、みすみす死なせてはな
らないと思ったからだ。
せっかく生き延びたいのちを、泥棒やけんかでおとしめては
いけない。
イセは、思い立って、網走警察署に出向いた。
「誰か、武道を教えてくれるひとはいないかね」
武道であれば、礼にはじまって、礼に終わる。子どもたちの
気持ちを、まっすぐに立て直してくれるのではないかと思っ
たのだ。
「なるほど、たしかに。このところ、子どもの非行には、我
々も手を焼いていたところですからなあ」
そう言って、退職した元刑事を紹介してくれた。加藤という、
合気道の有段者だった。
「中川さん、いい考えですね。やりましょう」
加藤も、こころよく承諾してくれた。
イセはこのとき知らなかったが、加藤は、大東流合気柔術の
師範であった。
合気道というと、植芝盛平の名が著名であるが、大東流合気
柔術は、それより前に、武田惣角が創始した武術である。
剣、槍、鉄扇などの武器術も、その技のなかにふくまれる、
実践的な武術といっていい。
イセは、のちに、棒術でも初段をとるが、大東流を学んだこ
とが影響しているのは、まちがいないだろう。
さいわい、知り合いの漁師が、使わなくなっていた、ニシン
かすの倉庫を無償で貸してくれた。これで道場もできた。
さっそく看板をかかげ、生徒を募集することにした。
「中川さん、せっかくだから、一緒にやりませんか。樺太で
の武勇伝、うわさに聴いていましたよ」
「その話はしないでください。若気の至りですよ。んでも、
わたすも習いたいです、その大東流」
そんなわけで、イセも、道場に通うことになり、久しぶり
に、汗を流すことになった。
最初のころは、ニシンかすのにおいがぷんぷんして、辟易し
たが、からだを動かしていると、気持ちがよくて、そんなこ
とも忘れてしまう。
「中川イセが、今度は、合気道の道場をはじめたそうだぞ」
いつも何をやらかすかわからないイセの評判は、またまた、
町のなかをかけめぐった。
子どもたちの非行に手を焼いていた親たちは、こぞって、道
場をのぞきにくる。そして、イセの姿に目をみはる。
やがて、道場に通う子どもたちの姿がふえていった。
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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら
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網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
「ヒオウギアヤメ 」
※一般社団法人網走市観光協会さまご提供