2016年11月07日

物語版「零(zero)に立つ」第16章 初の女性市議会議員誕生(1)/通巻118話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


戦争は終わったが、しばらくのあいだ、イセは緊張を解くこ
とができなかった。

愛馬婦人会の会長として、軍馬を通じて軍隊に貢献していた
自分は、きっと、戦犯として引っ張っていかれるだろうと想っ
ていたのである。

しかし、その年も終わり、翌年になっても、いっこうにその
気配はない。

一月の公職追放令が出ても、自分のところには何も音沙汰
はない。

「女だから、見逃してくれたんかなあ。アメリカ人は、女には
甘いっていうからねえ」

のちに、そんなことをつぶやいたものである。

しかし、この公職追放令で、卓治の妹・タマの夫、東条貞は
議員を失職し、政界から引退することになる。そして、5年
後、65歳で亡くなっている。

いずれにしても、この時代、敗戦国である日本は、生きてい
くのが精一杯という暮らしに突入していった。

しかし、さいわいなことに、網走は、食糧的にはあまり困る
ことはなかった。山に行けば山の幸が、海に行けば海の幸が
あったからである。

また、戦後復興で、農耕馬の需要が急速に伸びた。もともと、
中川牧場は規模が大きいから、この需要にも対応できた。

さらに、戦後のインフレで、貨幣の価値が下がったことも、
イセたちにとっては幸いした。

一生かかると思った借金を、ぐんぐん返していけるのである。

50年かけて返すはずの借金が、終戦の翌年の1946年に
は、あと少しというところまで減っていた。

「ねえ、あんた、いっそのこと、土地を少し売って、残りを返
してしまおうよ」

あるとき、イセは、卓治にそう言った。

卓治は、またイセが突拍子もないことを言い出したと、目を
丸くした。

「なんも、50年で借りてるんだから、そったら急ぐことは
ねえべ。これから、土地だって値上がりするだろうし」

しかし、思い込んだら一徹のイセは、がんとしてゆずらない。

「いいえ、あと少しだからこそ、けりをつけて、すっきりした
いの」

何度も何度も言ってくるものだから、卓治も、いいかげん面
倒になってきた。

もともと細かいことにはこだわらないたちである。

「わかった、わかった。おめえの好きなようにすればいいよ」

根負けして、そう言い渡したのである。

イセは、さっそく、牧場の一部を売りに出し、それはすぐに
買い手がついた。

そのお金をかばんに詰めると、イセは、意気揚々と、北海道
拓殖銀行網走支店をたずねた。

「借金の残り、いますぐ全部返したいんだけど!」

びっくりしたのは、支店のほうである。

「少々お待ちください」

あわてて、支店長室に案内された。

支店長が、あわただしく、札幌の本店に電話をかけたり、行
員と何やらやりとりをしたりしている。

(これ、受け取ってくれればいいだけなのに、何、手間かか
ってるんだ?)

内心で想いながら、イセは、じっと待っていた。

ようやく、支店長が、イセの前にすわった。

「中川さん、お待たせしてすみません。利子の計算をし直し
ていたものですから、時間がかかりまして」

「利子…?」

「まさか、お忘れじゃないでしょうね。元金のほかに、利子
がございます。割賦にする際、支払いが大変だろうから、利
子は、元金の支払いが済んでからということにしたのを」

イセは、うろたえた。利子のことなど、すっかり忘れていた
のだ。

「そ、そうでしたね…。今日は、これしかもってきていませ
んので、このぶんだけの領収書を書いてください」

そう言って、肩を落として帰って来たのである。

「がっかりだよう。これで全部返せると意気込んでいったら
さあ。あんたの言うとおり、土地なんか売らずに、地道に返
していればよかった」

イセが、めずらしく愚痴っぽくこぼすのを、卓治は、はっは
っはと豪快に笑って、言った。

「なんもなんも、気にすんな。いままでどおり、しっかりか
せいで、返していけばいいんだ。いまの景気だら、あっと言
う間だべ」

それを聴いて、イセも、ようやく明るい顔にもどったのであ
った。

そして、そのことばにたがわず、2人はせっせとはたらき、
その年のうちに、利子も返してしまうことになるのである。

50年割賦を、銀行にみとめさせたときにも、町の評判にな
ったが、それを20年足らずで返済してしまったことは、さら
なる評判を呼ぶことになるのである。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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詳細は、こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
20161107251.jpg
「エゾカンゾウ」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供

posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:29| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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