2016年11月04日

物語版「零(zero)に立つ」第15章 米軍上陸?!(5)/通巻117話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


町長公宅にもどってみておどろいた。たくさんの町のひとが
詰めかけているのである。

「イセさん、よく決意してくれた」

「話を聴きました。神さまみたいなひとだわ」

「誰にも真似できない心意気だよ」

次々と、はげましのことばがかけられた。

「これ、飲んでくれ。家の室(むろ)にかくしておいたやつだ」
と言って、酒をおいていくものもいる。

そんなひとたちも、日が暮れるころには、顔を見合わせ、帰
っていく。米軍が来るとしたら、夜の可能性が高いからである。

さらに夜が更けると、町長夫人も、自室へもどっていき、イ
セはたったひとりになった。

差し入れされた安酒を飲んでみたが、まったく酔わない。

もともと酒には強いイセだが、それほど緊張していたという
ことだろう。

静かな夜であった。

その静けさのなかで、かすかな気配さえも聴きもらすまいと、
イセはさらに耳をそばだてた。

そして、一睡もできないまま、やがて、夜が明けた。

米軍は、上陸してこなかった。

がっかりするような、ほっとするような、妙な気分である。

しかし、ゆだんはできない。昨夜はまだようすを見ていただ
けかもしれない。

事態が緊迫していることに、変わりはないのだから。

イセは、外へ出ると、早朝の海岸へ馬を飛ばしてみた。

美しいオホーツクの海が、すがすがしく、朝日を浴びて輝い
ている。

戦争など、まるで関係ないかのように…。

イセは、ぶるっと首を振ると、念のため、弧を描く海岸線
沿いに馬を走らせ、軍艦の影がないことをたしかめた。

町長公宅にもどってくると、朝食が用意されていた。

「このくらい、自分でつくりますから」と言っても、

「いいの、あなたには、そんなこと、させられませんから」
と言って、何もさせてくれない。

日が高くなると、また、町のひとたちがやってきて、イセ
に激励のことばをかけ、日が暮れる前に帰っていく。

翌日も、米軍はこなかった。

そんな日が、何日もつづいた。

イセは、だんだん、気持ちが鬱々としてくるのを感じた。

勇気が失せたのではない。

たずねてくるひとたちの顔を見るのが、いやになってきた
のである。

米軍を引きつけ、おとりになれば、万にひとつも助からな
い。それは誰でも知っている。

そのためか、誰もが、人身御供、いや、仏壇にかざられた
遺影でも見るかのような目をして、イセを見るのである。

(わたすは、まだ生きてるんだよ!)

思わず、そう叫びたくなるのである。

ある日など、あまりに気分がふさいできたので、ひとり、
馬に乗って海岸線を走り、大声で叫んでみた。

「アメリカのやろう! とっとときやがれ! 中川イセが
相手になってやる!!」

しかし、ただ、頭上高く、ウミネコが飛び去っていっただ
けであった。

そうして、むなしく一か月が過ぎ、その日は、網走の夏祭
りの日であった。

戦争のさなかとはいえ、あれ以来、空襲もない。

「気持ちを鼓舞することが大切です。米軍も、昼日中から
おそってくることはないでしょう」

という判断で、祭りがおこなわれることになっていた。

ただ、前日になって、「明日の正午、重大発表がおこなわ
れるので、必ずラジオの前にいて聴くように」という通達
がきていた。

そのため、婦人会幹部を中心に、役職をもつおもだったも
のたちが、町長公宅に集まっていた。

正午になった。

古いラジオが、ギシギシと雑音を立てながら、君が代を流
し、次いで、その重大発表を流した。

「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び…」

それは、前日のうちにレコード盤に録音された、天皇の声
であった。世に言う、「玉音放送」である。

(天皇の声が高貴を意味する「玉」で、玉音放送というの
ではなく、玉音盤というレコード盤に録音したので、玉音
放送という)

実際のところ、文章は難解で、また、天皇の語り口の独特
の節回し、さらにはラジオの性能の低さもあって、ことば
は、ほとんど聴きとれなかった。

そのあと、ふたたび君が代が流れ、「終戦の招請を受けて
の内閣告諭」のアナウンスがあり、ひとびとは、はじめて
終戦を理解したのである。

長い長い戦争が、310万人という死者の犠牲のうえに、
ようやく終わったのである。

その同じころ、能取の牧場では、卓治たちも、この放送を
聴いていた。

「日本は戦争に負けたんですか?」

青ざめて、そうたずねる愛子に、卓治は静かにうなずきな
がら、こころのなかで、つぶやいていた。

(イセがもどってくる! 生きてもどってくる…!)


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「網走川祭」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:12| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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