『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
ときは前後するが、1941年12月、日本は、真珠湾を攻撃。
翌1942年1月にはマニラを占領、2月にはシンガボール占
領、そして、3月にはジャワ島を占領…と、破竹のいきおいで
進撃をつづけた。
けれども、日本の勝利はそこまでだった。
1942年6月、ミッドウェイ海戦において、空母4隻をうし
ない、また、3000名以上の兵士がいのちを落とす。
そこから先は、撤退の一途を強いられるのだが、軍部に牛耳
られていたマスコミは、連戦連勝のごとき報道しか流さない。
ましてや、軍港もない網走は、さほどさしせまった危機感な
ど、感じることのなく、いまだ戦争景気に酔いしれていた。
このころ、卓治は、牛馬商組合・畜産組合の責任者として、外
に出る機会がふえた。
そこは、ほとんど男ばかりの仕事ゆえ、酒はつきものである。
しばらくなりをひそめていた、酒ぐせの悪さが再燃するよう
になっていた。
それと同時に、羽振りがよさそうに見える卓治に、目をつけ
る女もあらわれた。行きつけの料亭の芸者であった。
せまい町のこと、イセの耳にも自然とそのうわさは入ってきた。
しかし、イセは卓治を問い詰めることもなく、つとめて平静
をたもっていた。
ところが、ある夜のこと。
「おい、イセ、いま、帰ったぞ」
卓治がいつものように、したたかに酔って、車に乗せられ
帰ってきた。
こんなとき、イセは、「お疲れさまです。お世話をかけまし
て」と、何がしかの心付けをいれた祝儀袋をわたすのが常
であった。
けれども、この夜、車のなかに、卓治とうわさのある芸者の
姿を見たとき、イセの胸のなかに押し込められていた想い
が、ボッと音を立てて燃え上がった。
「あら、せっかく送っていただいたのに、いまはあいにくと
手元にお金がなくて、ごめんなさい」
そう言って、そっけなく、そのまま帰してしまったのだ。
けれども、そのあとが大変であった。
「わずかばかりの金で、男の顔さ泥ばぬりやがって!」
酔った卓治が、太い腕を振り上げて、イセにかかってきた
のだ。
ふだんの温厚な卓治なら、こんなことは、けっしてしない。
だから、イセも、これまでは、黙って耐えるか、うまく身
をかわして逃げてきた。
だが、この日のイセはちがった。きっ!と卓治をにらみつ
けると、どこからでもこいと身がまえたのだ。
その姿勢を見た卓治が、一瞬とまどい、動きが止まった。
イセはそのすきをのがさず、卓治の腕をとるや、ふところに
飛び込み、もたれかかる巨体の勢いを借りて、得意の一本
背負いをかけた。
どっすーーーーん。
卓治は大きな円を描いてすっ飛び、ものすごい音を立てて、
土間にたたきつけられた。
イセの動きはそこで止まらない。
駆け寄って卓治に飛びつくや、太い首に腕をまわし、全身の
力をこめて締め技に入る。
卓治の顔が紫色に変わっていく。そのうち、からだからちか
らが抜けて、くったりとのびてしまった。
イセは、しばらく肩で大きな息をついていたが、気持ちが落
ち着いてくるにしたがい、事の重大さに気がついた。
「あんた! あんた! 起きて! 起きてちょうだい。ねぇ、
目を覚まして!」
ほおをぺたぺたたたいたり、抱き起こして背骨にひざをあて、
後ろに反らせて活を入れるまねごとをしてみたが、まったく
反応がない。
「このまま息を吹き返さなかったら…」
イセが、仏壇のご先祖様にもすがりたい気持ちになったとき、
卓治が「うーん」とうなって起き上がった。
おおきな目をぎょろりと開いて、不思議そうにあたりをなが
めている。何が起きたか、まだ把握できていないようだ。
イセは、急に全身の力がぬけた。
「あんた! 生きてた! よかった!」
そうして、おいおいと、大声で泣きだしてしまった。
卓治がことの次第を理解するのは、翌朝、酔いから醒めた
あとのことである。
けれども、この一件がよほどこたえたのか、以後、卓治は、
酔って暴力をふるうことはなくなったという。












札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら



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