2016年10月25日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(10)/通巻109話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


そんな一件がありつつも、中川家は、ついに、あたらしい家
族をむかえた。

愛子である。

「帰ったぞ」

卓治の声に、イセは玄関先に飛び出した。

14年ぶりに会うわが子が、目の前に立っていた。

「さあ、今日からここが、我が家だ。遠慮はいらん」

卓治が、愛子の肩をぽんぽんとたたいた。愛子が、はにかみ
ながら、うなずく。

そのようすを、イセは、不思議な気持ちで見ていた。

あれほど待ち焦がれていた愛子を目の前にして、なぜか、
どうにも実感がわかないのである。

うれしいというよりも、戸惑いの気持ちのほうが、イセの胸
にうずをまく。

数えで15の愛子は、もう立派な娘ざかりである。

けれども、実の母でありながら、ここまでおおきくなるまでの
姿を、自分は何一つ見ていない。

どんな体験をし、どんな想いで生きてきたか、まるで赤の他
人のように、何ひとつ知らないのだ。

愛子もまた、はじめて会うイセを、すぐに「お母さん」と呼ぶ
ことができずにいた。

14年間、自分を育ててくれた五十嵐家のほうが、愛子にとっ
ては、本当の家族のように思えていたのだから。

それでも、じっくりと時間をとって、これまでのいきさつを聴
けば、少しは、その空白も埋められるかもしれない。

けれども、イセはそうしなかった。

家族にあいさつをさせ、部屋に荷物を置かせると、すぐに台
所に立つように言ったのだ。

「イセさん、いま着いたばかりなんだから、まずはゆっくり、
休ませてあげたら…」

さすがに見かねて、卓治の母までが言ったほどだ。けれども、
イセは、首を振った。

「いいえ、最初がかんじんですから。愛子、五十嵐の家で、
手伝いは、ちゃんとやっていたかい?」

「はい」

愛子も、緊張した気持ちのまま、ちいさな声でうなずく。

言われるまま、まるで、親戚の家にでも来たかのように、台
所に立ったのである。

その夜、皆が寝静まったあと、卓治とイセは、ストーブを囲
んで、茶をすすった。

「あんた、無事に愛子を連れてきてくれて、ありがとうね」

イセは、卓治に頭を下げた。卓治は言った。

「そのことだけんど、イセよ、おまえ、愛子にきびしすぎる
んでないか。今日くらい、何もせんで休ませてやってもよか
ったろう」

イセは、茶を飲む手を止めて、じっとうつむいていたが、や
がて、ぽつりと、ひとりごとのように言った。

「わたすだって、愛子が来てくれて、うれしいよ。だけど、
これから一緒に暮らしていくのに、ここで甘やかしてしまっ
たら、清や宗ちゃんにしめしがつかないと思うの」

「イセ…、そんなことは…」

卓治は、言いかけて、思わずことばを止めた。

イセは、愛子が加わることで、ここまで築き上げてきた中川
家の調和がくずれることを、何よりもおそれたのである。

それは、本当の家族と暮らすことなく、生きてきたイセの、
不器用さであったかもしれない。

「実の子だもの、愛子はきっとわかってくれる…」

自分に言い聴かせるように、ひとりごつイセを、卓治は、じ
っと見つめているしかないのだった。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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「零(zero)に立つ」第1巻
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詳細は、こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「北の新大陸発見!あったか網走」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:48| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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