2016年10月24日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(9)/通巻108話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら



山岡は、風のうわさで、父親と親交のあった、中川茂市が死
んだこと、その借金を、息子夫婦が引き受けたことを知った。

そのとき、自分の家にあった、一枚の借金証書のことを思い
出したのだ。

死んだ父親の遺品を整理しているときに、見つけたものだ。

もう10年以上経って、効力は消失している。捨てるしかな
いと想っていた矢先に、そのうわさを聴きつけた。

これはひと芝居打てば、金になる。そう踏んで、わざわざこ
こまでやってきたのに、とんだ眼鏡ちがいである。

ここで、下手に、詐欺だ、おどしだと騒がれてはたまらない。

そう判断した山岡は、次の瞬間、ひとが変わったようにぺこ
ぺこしはじめた。

「あ、いや、奥さん、失礼しました。実はちょっとばかり、金
が入り用なところへ、この証文が出てきたもんですから。ええ、
東京へ帰ったら、一か月以内に返済します」

イセは、表情を変えずに、山岡をまっすぐに見ている。
山岡は、さらに、追従笑いを浮かべて、杯をさしだした。

「まあ、お気持ちを直して。ここは私がおごりますから…」

イセは、むしずが走る思いがしてつっかえそうとしたが、
ふと頭にひらめくものがあった。

「山岡さん、杯でちびちびではなんですから、コップでいた
だきませんか」

そう言って、山岡に酒をつがせると、そのコップの酒を、一
気に飲み干した。

イセは、遊廓時代から、めっぽう酒が強いのだ。一升飲ん
でも酔わなかったほどだった。

それは、三十路を超えたいまも、おとろえることはない。

山岡もいける口だが、すでに下地ができあがっている。

しかも、「なんとかこの場をごまかせる」と安心して、いき
おいよくコップ酒をあおったものだから、急速に酔いがまわ
っていく。

たまたま、そこにいた芸者のひとりが、イセの遊廓時代の顔
なじみだった。

山岡が、足をふらつかせながら、手洗いに立ったすきに、イ
セは、その芸者に、すっと近寄った。

「米吉さん、ごぶさたしてました。ちょっと頼まれてほしい
んだけど…」

「姐さん、お久しぶりです。ええ、なんなりと」

イセは、耳元で、そっと何事かをささやいた。それを聴いた
米吉が、承知したとばかりにうなずき、にっこり笑う。

やがて、山岡が厠からもどってきた。米吉は、その山岡に誘
いをかけた。

「お客さま、このあたりで河岸を替えて、ゆっくりとおやり
になってはいかがですか」

山岡は、いきおいよくそれを受けた。

「よかろう。席を変えて飲み比べといきましょう」

しかし、ことばは威勢がいいが、すでに山岡は、ひとりでは
立てぬほどに酔っている。

その山岡の腕をかかえるようにして、米吉が案内した先は、
網走一の料亭だった。

山岡のふところには、先ほど、イセからむしりとるようにし
た300円が入っている。

そのことは、すでに米吉がやった使いをとおして、店に伝わっ
ている。

料亭では、10人の芸者が繰り出して、山岡を待ち受け、鳴り
物入りの大宴会となった。

3日後。

料亭の女将が、菓子折りをもって、イセをたずねてきた。

「このたびは、粋なお計らい、ありがとうございます」

あのとき、イセは、米吉にこうささやいたのだ。

「こういうやつは、少しこらしめてやったほうがいいんだ。
帰りの汽車賃くらいだけ残して、あとはしぼりとっておやん
なさい」

山岡は、10人の芸者に囲まれて、さんざん飲み食いし、遊
びほうけたあげく、さしだされた勘定書きを見て顔色を変え
たそうだ。

そして、かろうじて残った金で、しょんぼりと帰っていった
という。

それを聴いて、イセはすましてこたえた。

「料亭にお金をおとすために、わざわざ北海道までくるなん
て、山岡さんも酔狂なおひとだね。あっはっは」

のちに、網走市市議会議員となったイセは、女性の人権を
踏みにじるものたちに、とくにきびしく対処したという。

その片鱗は、すでに、こんなところにもあらわれていたの
かもしれない。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら! 
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「北の新大陸発見!あったか網走」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 06:20| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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