『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
「東条会の高田です。その節はお世話になりまして」
東条会とは、卓治の妹・タマの夫、東条貞を応援する会の名前
である。
東条は、2年前の1930年、衆議院議員に立候補し、当選し
ていたが、この年の総選挙での立候補を見送り、次の選挙にそ
なえる状態になっていた。
選挙の際には、イセもかりだされて、手伝った記憶がある。
「こちらこそ、ごぶさたしております」
「その後、お変わりはありませんか?」
おそらく、この高田も、イセたちの借金のことは耳にしている
だろう。
親戚たちからことわられた無念さもあり、つい、イセは、山岡
との一件を語るともなく語ってしまった。
高田は、おどろいた顔で聴いていたが、イセが語り終わると、
こう言った。
「大変な借金を背負っても、つぶれずに返しつづけていること
を、やっかんでいるひとも、いるのかもしれませんねえ」
高田は、腕組みをして少し考えているようだったが、ふたたび
口をひらいた。
「3か月でお返しいただけるのでしたら、お貸しできるお金が
ありますが」
イセは、耳をうたがった。高田とは、面識こそあれ、とくに親
しいかかわりはない。
高田も、それを察したように、つけくわえた。
「いや、いまの奥さんのお話を聴いて、正直、感銘しました。
それに、我々も政界のはしくれで仕事をしている身です。そう
いう政治ゴロみたいなやつの話を聴くと、いささか腹も立ちま
すのでね」
地獄に仏とは、このようなことを言うのだろうか。
翌日、高田からお金をあずかったイセは、山岡のいる旅館を
たずねた。
昼ひなかというのに、山岡は、芸者を2人もはべらせて、もう
酒を飲んでいた。
イセを見ると、一瞬おどろいた顔をしたが、手にした猪口をく
いっと飲み干し、言った。
「これはこれは中川の奥様。約束の金は用意できましたかな」
「約束どおり、耳をそろえて持参いたしました」
イセは、封筒に入れた300円を、山岡の前にさしだした。
山岡は、その封筒を受け取ると、中を開け、なめるように、札
を数えた。
そして、それがきっちり300円あることをたしかめると、にや
にやしながら、借用証書をふところから取り出し、イセに渡した。
「さすがは中川、網走一の借金王といわれながら、一日で300
円の大金をつくってしまうんだからなあ」
イセは、わたされた借用証書をかばんにしまうと、山岡に言った。
「山岡さん、約束の時間の前に、お金をもってきたのですから、
宿の支払いはそちらでお願いします」
とたんに、山岡の目が引きつった。
「なんだと。こっちは東京から高い汽車賃をかけてきたんだ。本
来なら、汽車賃と日当もはらってもらうところだ」
イセは、深々と息をつくと、居住まいを正して、こう言った。
「それならこちらもひとこと言わせてもらいます。債権の時効は
十年。これ、法律に定められておりますよね。それに、先代の貸
し借り、わたすどもには、本来、返済の義務はありません」
山岡の顔色が変わった。
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網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
「北の新大陸発見!あったか網走」
※一般社団法人網走市観光協会さまご提供