2016年10月20日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(7)/通巻106話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


さて。卓治が愛子を迎えに行っているあいだのできごとである。

ひとりの男が、中川家をたずねてきた。

男は「山岡」と名乗った。東京で政治団体に所属しているもの
で、父親が、亡くなった茂市と交流があったという。

その男が、「実は…」と言ってもちだしたのが、一枚の借金証
書であった。

「先代(茂市)が、15年前に、うちの親に借りたものですよ。
これを返していただきたいと思いましてね」

寝耳に水の話だが、証書をみると、まちがいなく、茂市の筆跡、
茂市の印鑑である。しかも、額面は150円。

「15年経ってますんで、そのぶんの利子をつけて、300円、
いますぐ返していただきたい」

イセはおどろいた。愛子を迎えに行くために、卓治に家の金を
ほぼすべてもたせているので、とてもそんな金はない。

「山岡さん、申し訳ありませんが、いま、うちは、主人が留守
なんです。主人がもどってくるまで、何日か待っていただけま
すか?」

イセが頭を下げると、とたんに、ていねいな物腰だった、山岡
の態度が豹変した。

「冗談じゃない。こっちはわざわざ東京から来てるんだ。明日
まで待ってやるから、耳をそろえてもってこい。払わないと訴
訟を起こす。松井旅館にいるからな。宿賃もはらってもらうぜ」

そう言い捨てて、出ていった。想いもよらない展開である。

そもそも、親の借金を子どもがはらう必要はない。

それどころか、民法では、借用証書の時効は10年と定められ
ている。

つまり、山岡のもってきた借用証書は、すでにただの紙くずな
のであった。

イセは、借金を返すために、生命保険の代理店などもやってい
たから、法律の知識を、それなりに身につけていたのだ。

それでも、それを口にしなかったのは、わざわざ東京からやっ
てきたのには、何か理由があるのだろうと考えたこと。

何より、お金のことでごたごたもめるのはいやだったのである。

イセは考えた。300円は、安い金額ではないが、馬一頭を売
れば、捻出できない額ではない。

親戚から一時的にお金を借りて、それで返して、卓治がもどっ
てきてから馬を売って、そのぶんを返そう…と。

イセは、すぐに親戚まわりをはじめた。

ところが、イセの予想に反して、どこもお金を貸してくれない
のだ。

「先代(茂市)の借金を勝手に引き受けたのは、あんたなんだ
から、いまさら言われてもね」

「うちには、よぶんな金は一銭もないよ」

そんな返事が返ってくるばかりであった。

この4年、がむしゃらにはたらいて、借金を返してきた。その
かん、ただの一度も、親戚にたよったことはない。

それなのにこんなときさえ…。

無念さが湧いてくるのを、ぐっとこらえて、歩いていると、イセ
に声をかけるものがあった。

「中川の奥さんじゃありませんか。ごぶさたしています」

振り向くと、見覚えのある顔がそこにあった。


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一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:08| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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