2016年10月18日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(5)/通巻104話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


さて。このところの中川牧場は、大所帯になってきていた。

卓治に、イセ、それに宗治。そこに、少し前に、宗治よりひと
つ下の、14歳になる清を、養子としてひきとっていた。

将来は、宗治に牧場の経営をまかせ、清には調教師として、
切り盛りしてもらおうと考えたのである。

また、卓治がおさないころに別れた母親が、ひとりで暮らし
ていることを知り、その母親もひきとって、一緒に暮らして
いた。

がむしゃらにはたらいてきたおかげで、北海道拓殖銀行札幌
本店頭取とのあいだにかわした、「3年」の約束は、なんとか
果たすことができた。

そこで、正式契約となったわけだが、借金は変わらず返しつづ
けなければならない。

牧場経営だけでなく、生命保険の代理店をやったり、とにかく、
「お金になることならなんでも引き受けた」というほど、イセた
ちは、はたらいた。

それでも、食べるものは、畑もあったし、漁師にたのめば海産
物は分けてもらえたので、暮らしていくぶんには、なんとかな
った。

清は、男手として一人前のはたらきをしてくれたし、卓治の母
親も、何くれとなくまかないの手伝いをしてくれた。

人手があることは、むしろ助かることだった。

そんな暮らしのなかで、ある日の夕食のあと、卓治が、茶をす
すりながら、不意に、イセに言った。

「イセ、愛子はいくつになった?」

イセは、はっとした。

もちろん、イセは、かたときも愛子のことを忘れたことはない。
いつか引き取るという約束も、卓治とはしていた。

けれども、50年割賦の借金を背負ってしまったいまは、自分
からはとても言い出せない。

卓治も何も言わないので、まさか忘れてしまったのでは…と、
ひそかに気に病んでいたところだったのだ。

「あ、うん、数えでもう、15になるよ。…早いもんだねえ」

17歳で出産し、まだ乳飲み子のうちに里子に出した。

あのときは2年で帰ると想っていたのに、いつのまにかそんな
年月が経ってしまっていた…。

しばらく前から、愛子を引き取ってくれた五十嵐家とは、実家
を介さず、直接手紙のやりとりをするようになっていた。

そのおかげで、いままで知らずにいたことも、次第にわかって
きた。

自分の身を挺してわたした、借金500円を、一銭のこらず、
実家の安蔵・モヨによこどりされていたこと。

やりくりしたなかから、愛子のためにと送ったいろいろなもの
も、モヨが、粗末なものにすりかえてわたしていたこと。

それでも、愛子を大切に育ててくれてきた五十嵐家に、待望
の赤ん坊が生まれたこと。

そんなことを、イセは、ぽつぽつと、語った。

卓治は、だまってそれを聴いていたが、イセが語りおえると、
ぽそっと言った。

「うちに、女の子がひとりくらいいてもいいなあ」

「あんた…! だけど、うちはいま…」

「ひとりくらいふえたって、なんとかなるさ。いままでだって、
なんとかしのいできたんだし」

卓治は、そう言って、いつものひとなつこい目を細めた。

イセの目からは、涙があふれた。


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posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:54| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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