2016年10月17日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(4)/通巻103話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1931年(昭和6年)の満州事変につづき、翌1932年(昭和7年)
には、上海事変が勃発した。国勢は一気に戦争色を強めていく。

日本軍は、日清・日露戦争の経験から、大陸での戦争には
軍馬が一番と信じてうたがわなかった。そのため、大量の軍馬
が必要になった。

そして、軍馬は、農耕馬よりもはるかに高い値段で売れるので
ある。

当時、兵士は召集令状1枚で集められるが、軍馬は一頭数百円
で国費で買い上げていた。

そのため、兵士たちは、上官から、

「お前たちは、一銭五厘でいくらでも集められる消耗品だ」
「お前たちの命は、一銭五厘の値打ちしなかい」

などと言われていたようである。

はがきの値段が、この時代、一千五厘だったため(昭和12年
に2厘に値上げ)、そのような表現がなされたと考えられる。

しかし、実際には、召集令状は公文書として、役場から本籍地
に送達されていた。だから、はがきでなかったことはたしかである。

おそらく、このようなことを言った上官は、自身は職業軍人で、
召集令状は受け取っていないため、かんちがいして言ったこと
ばが、そのまま流布したものと考えられる。

いずれにしても、ひとのいのちは、さほど軽くあつかわれたの
である。

北海道は、馬の産地であったから、イセたちのまわりも、にわ
かにあわただしくなっていく。

1932年には、国防婦人会が結成され、出征兵士の見送りなど
にあたった。

イセたちもこれにならって、「愛馬婦人会」を結成した。

「女の手で軍馬を育てて、国に貢献しながら、お金ももうけよう」

イセの呼びかけに、会員は、120名にもなった。

4月7日を「愛馬の日」として、町のなかでパレードをやったり、
畑でつくったにんじんを、馬で軍に運んでいって、よろこばれた
りもした。

しかし、実際に、軍馬を育てるのは、大変なことであった。

軍馬として買い上げてもらうためには、購買官という、専門の将
校の審査を通る必要があったのである。

だから、イセたちは、軍馬審査日にそなえて、いつも以上に、馬
の手入れをし、調教をした。

そして、あるときなど、中川牧場から出した7頭の馬が、全頭買
い上げという、北海道でもまれな快挙をあげるのである。

ところで、イセが乗馬ズボンを着こなして、さっそうと馬を乗り
まわす機会は、ますますふえていくのだが、困ったことがあった。

和装とちがって、正座がしにくいのである。

いちいち着替えるのも面倒なので、イセは、そのうち、家に上が
ると、あぐらをかくようになった。

「行儀悪いけど、これで失礼するよ」

それが、戦後になってもつづいたものだから、「あぐらばっちゃん」
と呼ばれるようになるのだが、それはまたのちの話である。


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posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 06:36| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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