2016年10月14日

物語版「零(zero)に立つ」第14章 戦況のなかで(3)/通巻102話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


しかし、イセの評判を快く思わないものたちもいた。これまで、
農家をだまして、悪どくもうけてきたものたちである。

「女のくせにつけあがりやがって」

「ちっと、痛い目にあわせてやったほうがいいんじゃないか」

駅前の食堂で酒を飲みながら、息荒く、そんなことを言うもの
たちもいた。

すると、注文された焼酎をテーブルにおきながら、食堂のおか
みが、さらっと言った。

「そいつは、やめたほうがいいと思うけどねえ」

言われて、男たちは、目をむいた。

「なんだと。オレたちをばかにしようってのか!」

おかみさんは、軽くいなすように手を振って言った。

「そうじゃないよ。あんたたち、知らないのかい? あのイセ
さんはね、柔道3段だよ」

「何?」

酒に口をつけようとした男の手が、思わず止まる。

「樺太にいたときに、あっちの荒くれ男を、一本背負いでやっ
つけちゃったのを、あたしゃ、見たんだよ。そりゃすごかった
ねえ。こーんな大男が、ズサーッって…」

そう言って、一本背負いの手振りまでしてみせた。

そう。駅前の食堂のおかみとは、あの島田のおばさんであった。
イセたちより遅れたが、樺太の仕事に、ひと区切りつけてもど
ってきていたのである。

男たちが臆したのを見て、島田のおばさんは、さらにつづけた。

「だけど、それよりすごいのが、イセさんのだんなの卓治さん
だよう。その樺太で、火の見やぐらをゆさぶって、引っこ抜いち
まったくらいだ。柔道の腕も5段というからねえ」

引っこ抜いた…というのは、いささか盛りすぎだが、卓治のばか
ぢからに、まちがいはない。

聴いている男たちの顔が、青ざめていく。

「あ、いや、ま、まあ、酔ったいきおいだ」

「あ、ああ。そうだな。さっきの話、ひとには言うなよ」

そう言うと、そそくさと飲み代をはらって出ていってしまった。

そんなこんなで、イセたちの評判はあがり、卓治は、網走地方の
馬喰組合の組合長をまかされることになった。

イセもいよいよ多忙になり、これまでの和装姿では、どうにも動
きにくくてしょうがない。

とくに馬に乗るときに乗りづらい。そこで服装を変えようと思う
のだが、もんぺは機能的ではあるが、馬に乗るのに、あまり見栄
えがいいとはいえない。

そもそも、馬喰たちは、馬をあつかうために、いくらよごれても
かまわないような、粗雑な服装をしているものが多かった。

そんな馬喰たちのなかに、まじるようなかっこうはいやだったの
である。

あれこれ考えた末、イセは、乗馬ズボンを採用することに決めた。

当時、そんな「ハイカラ」なかっこうをしているものは、まわり
には誰もいなかったが、イセは、ひとづての話や新聞などから、
情報は仕入れていた。

考えてみると、イセは、子どものころから、「一番」が好きだっ
た。誰もいないなら、私が最初に…と思うたちである。

自分がいいと思えば、ためらいはないのである。

取り寄せた乗馬ズボンは、小柄なイセの体型を、よりひきしまっ
たものに見せた。

「おお、イセ、かっこいいぞう」

「母ちゃん、すごくにあってるよ!」

卓治と宗治にほめられ、イセもまんざらではない。

以来、網走のひとたちは、乗馬ズボンで、きりりと馬に乗り、さ
っそうと町なかを駆ける、イセの姿を見ることになるのである。


----------------------------------------------------------------
「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
1200円+送料200円=1400円 ※2冊以上でも、送料は据え置き200円
詳細は、こちら
----------------------------------------------------------------

-------------------------------------------------------
札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)

詳細/こちら! 
---------------------------------------------
---------------------------------------------------
夢実子ゲスト出演!講話「中川イセのあきらめない精神」
10月22日・東京  詳細/こちら
 
-----------------------------------------------

夢実子の語り劇を上演してみませんか?



網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
1014194.jpg
「あばしりオホーツク流氷まつり」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:15| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がない ブログに表示されております。