『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
イセは、東条貞と北海道議会で一緒だったという道議とともに、
ふたたび、拓銀札幌支店の受付の前に立った。
受付係は、イセの顔を見て、「また…」という表情になったが、
うしろにひかえている道議を見て、けげんそうな顔をした。
「頭取さんに、ちょっとご挨拶しにきましたよ。昨日、電話は
入れてありますのでね」
道議は言って、名刺をさしだした。
名刺の名前を見たとたん、受付係は飛び上がって、2人を案内
するべく、奥の部屋への扉を開けた。
イセは、ようやく交渉に入れるよろこびと、権力があるもの・
ないものにたいする対応の差に、理不尽さを感じながら、あと
につづいた。
頭取室では、頭取が待ち受けていて、道議と親しげに握手を
かわした。
「で、今日はどんなご用事で」
「いえ、私は、挨拶にきただけです。ただ、私の知り合いが、
どうしてもご相談したいことがあるというものですからね」
そう言って、自分はさっさとソファにすわり、出された茶を
すすりはじめた。
イセは、意を決して、頭取の前に進み出、深々と頭を下げた。
「はじめてお目にかかります。わたす…いえ、私は、網走で
町議会議員をやっておりました、中川茂市の息子、卓治の妻
で、中川イセと申します」
「ああ、中川茂市さんですか。存じておりますよ」
「ありがとうございます。今日、おうかがいしたのは…」
イセは、これまで受付で何度となく繰り返した話を、もう一
度、頭取に話した。
頭取は、最後まで話を聴き終えると、イセに言った。
「イセさん、あなたはいま、おいくつですか」
「27歳です」
「50年かけて返すということは、そのころあなたは、80
歳近くになってしまいますが?」
当時の平均寿命は、せいぜい45歳くらいなのである。
※出典はこちら
しかし、イセは、堂々と胸をはってこたえた。
「わたすは、親から、丈夫なからだに産んでもらって、これ
まで病気らしい病気は、ほとんどしてません。これからも長
生きして、しっかりはたらくつもりです!」
もちろん、この時点で、105歳まで生きるとは想っていな
かったろうが、この返答に、頭取は思わず目を丸くした。
頭取の反応を見て、イセは、ここぞとばかりに、持論を展開
した。
「頭取さん、北海道拓殖銀行は、北海道開拓のためにつくっ
た銀行ではないですか。
私らは、これから開拓する牧場を三つもってるんです。開拓
しながらお金をかえすには、どうしても50年かかるんです。
それに、いま、私らの全財産を没収したとしても、牧場には
管財人を置かねばなんないっしょ。管財人はただではおけま
せん。そこによぶんなお金がかかる。
私らにあずけたままにしてもらえれば、無料で管理しながら、
お金も返ってくる。これ、双方にとっていいことでないですか」
またまた出た、強引な、イセの論法である。
そばで、聴かない素振りで聴いていた道議は、内心で冷や汗を
かいた。
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「JRノロッコ号内部」
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