2016年07月12日

物語版「零(zero)に立つ」第5章 女優志願(6)/通巻37話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演46日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36
※これまでのあらすじは、こちら


山形に帰ろうと想ったものの、実は先立つものがない。

腹を立てて飛び出してきてしまったものだから、給金の残りももら
わずしまいだ。

それでも、必要以上に落ちこまないのが、イセのいいところだ。こ
のところ、ずっと家のなかではたらきづめだったから、夜風に吹か
れて、外を歩く解放感が気持ちいい。

ぶらぶら歩いているうちに、少しずつ夜が明けてきた。街なかには、
ぼちぼちと人影も見えるようになってきた。

ふと見ると、向こうから和尚さんとおぼしきひとが歩いてくる。イセ
は、わらをもすがる思いで声をかけた。

「すみませんが、山形まで帰る旅費を貸してもらえませんか? 田
舎に帰ったら絶対に返しますから!」

和尚さんは、イセをまじまじと見た。イセは少し緊張した。

問屋づとめをしていたから、こざっばりとした身なりをしているが、
手にはふろしき包みひとつ。そんななりで、こんな朝に、いきなり
金を貸してくれという。

家出娘と想われて、交番に突き出されてもしかたない。(実際、ある
意味、家出なのだから…)

だが、和尚さんは、イセを道路端にまねくと、わけを話すように言っ
てくれた。イセは、みじかく、これまでのいきさつを話した。

「そうかい。おまえさんは、まだそんな年なのに、たいそうな苦労
をしているんだね。わかった。上野まで送ってやろう」

上野。その名前を聴いたとたん、イセは、ほっとした。

いま、山形新幹線の発着駅は、東京である。けれども、昔、東北方
面の鉄道の玄関口は、上野だった。

「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」
(石川啄木)

この「停車場」とは、上野駅のことである。

これは昭和の話になるけれども、年の暮れともなると、東北からの
出稼ぎ労働者は、帰省のために群れをなして上野駅へと集まった。

夜行列車の自由席に乗るために、早々とホームに陣取り、なかには、
缶ビールやワンカップを開けて、時間を待つものたちもいた。

上野には、そんな東北のひとびとの哀愁や風情を感じさせるにおい
がある。「東京駅」では、この風情は出ない。

そんな上野駅まで、和尚さんは、イセを案内し、天童までの切符を
買ってくれた。さらに、

「道中、腹がすくだろう」

売店でパンを買うと、こともなげに、イセにわたしてくれた。

パン食は、明治時代からあったけれども、一般化するのは、戦後で
ある。まして、東北では、米をつくっていたから、パンを口にする
機会はめったにない。

イセは、何度も何度も、和尚さんに頭を下げた。

「ありがとうございます! お金は、絶対に返しますから、住所を
教えてください」

和尚さんは、イセのことばに、ひとこと、「三田のコウウン寺」と
だけ告げ、「達者にやりなさい」と言って去っていった。

やがて、イセが乗った列車は、汽笛を鳴らして走り出した。

東京の景色が、あとへあとへと遠ざかる。松井須磨子を頼って上京
して、わずか数か月。すべてが振り出しにもどってしまった。

イセは、口のなかにふくんだパンを、何度もかみしめながら、これ
からどうするかを、じっと考えつづけていた。

何があっても、けっして、後ろを向かないイセなのである。


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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
0712055.jpg
「網走市北浜白鳥公園のオオハクチョウ」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 13:28| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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