語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
本日、公演61日前!
日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
メール・zeronitatsu@yumiko333.com
シベールアリーナ 023-689-1166
八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
脚本担当・かめおかゆみこです。
山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。
第1章 1 2 3 4 第2章 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
※これまでのあらすじは、こちら
船山先生は親切心から、安蔵に「イセを学校にやってくれ」と頼ん
でくれたわけではあるが、結果的に、居場所がわかってしまい、
イセは実家に連れ戻されることになった。
しかし、帰ったとたんに、生活は以前に逆戻り。当然、学校にな
ど行かせてくれるはずもない。
しかも、後妻のモヨの態度は、前にもまして、辛辣なものとなった。
「親が心配しているのも気にかけない。世間さまが、あそこんち
は継母だから、うとましくて出ていったんだろうって、陰口言う
ことも考えない。本当に、あんたは情の薄い子だよ」
まるで、すべての咎がイセにあるとばかり、そんな厭味を、ねち
ねちと繰り返すのである。
以前のイセなら、がまんして聞き流すか、食ってかかるかしただ
ろう。しかし、1年足らずとはいえ、外ではたらき、給金ももら
って暮らしたイセは、以前のイセではなかった。
「ここにいても、前みたいに、ただばたらきさせられるだけだ」
そう考えたイセは、半月も経たないうちに、2度目の家出を決意
するのである。
さいわい、近所に住むひとから、「息子が米沢で織物工場をやっ
ている」という話を聴きつけた。
「仕事、あるかな」と訊くと、「いまは景気がいいから、いつで
も女工を募集してるよ」と、教えてくれた。
ときは、1913年(大正3年)。第一次世界大戦前夜であり、
その圏外にあった日本は、商品輸出で、空前の好景気を迎えよ
うとしていた。
船山家でもらった給金の残りで、汽車に行って米沢に行き、すぐ
に工場をたずねた。女工たちは、工場の2階に寝泊まりして、は
たらいているという。これで住むところも確保できた。
工場で仕事をした経験はなかったので、最初は、まかないの手
伝いで入った。これは10歳のときからやっているので、困るこ
とはなかった。
あわせて、織物の仕事も手ほどきを受けて、2か月もすると、も
う、工場ではたらくことができるようになった。
そのあいだに、一緒にはたらく女工たちとも、仲よくなった。
女工たちは30人ほどいて、たいていはイセより少し年上だった。
イセの身の上を聴くと、みんな、うなずき、こころを寄せてくれた。
「ここはね、いいところだよ。そりゃあ、はたらくのは大変だけど、
まじめにやってれば、お金もたまるし、みんな仲良しだから、休み
の日には一緒に街に買い物に行ったりしてさ」
そう言って、はげましてくれるのであった。
ジャガラン、ジャガラン…。
女工たちが織物機械を動かすと、機械がまわり、リズミカルな音
を立てる。その軽快なリズムに、自然にこころも軽くなる。
もともとはたらくことはきらいではない。気がつくと、イセは、ちい
さく歌を口ずさんでいた。実家にいたころ、芸人たちから教えて
もらった歌が、自然に口をついて出てきたのだ。
「イセちゃん、歌、上手だね。でも、あんまりおおきな声を出した
ら、主任さんに叱られるよ」
隣で機械をまわしていた仲間が、くすっと笑って、ささやいてきた。
そんな話を、仲間たちが聴き捨てておくはずがない。仕事が終わ
り、食事をして、ふとんを敷く時間になると、誰言うともなく、
イセに話しかけてきた。
「ねえ、イセちゃん、歌、上手なんだって? 歌って聴かせてよ」
言われて、ことわる理由もない。イセは、頼まれるままに、民謡や
ら童謡やらを歌ってきかせた。ときには、当時の歌謡曲も披露し
てみせた。
仲間の娘たちは、やんややんやの大喝采である。なかには、興に
乗って、踊りだすものまでいる。
「イセちゃん、ほかに何かできる?」
また別の誰かがたずねた。
そのとき、船山先生の家や学校で見せてもらった、絵本やお話の
本のことが思い出された。利発なイセは、それらをほとんど暗記
してしまっていた。
それを告げると、娘たちは、また、「聴かせて、聴かせて」とはやす。
おかげで、毎晩のように、イセは、みんなの前で歌い、語る役目を
おおせつかるようになった。それをしないでは、寝かせてくれない
ほどである。
イセは、うれしかった。
ちいさなころから、貧乏人の子、里子と差別されて育った。男の
子とはけんかざんまいだった。そのためもあって、女の子たちも
誰も近づこうとしない。親友のみよしをのぞいては。
それが、いま、たくさんの仲間たちに囲まれている。自分の歌や
話を、楽しい、すばらしいと言って、聴いてくれる…。
そして、うれしいことは、それだけではなかった。
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