語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演79日前!
脚本担当・かめおかゆみこです。
山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。
第1章 1 2 3 4 第2章 5 6 7 8 9 10 11 12 13
※これまでのあらすじは、こちら
その日は、突然にやってきた。
ある日、イセが家に帰ると、見知らぬ男女が、玄関のたたきにす
わっている。その前では、コウが、これまで見たこともないような、
おろおろした顔で、へたりこんでいる。
見知らぬ男女とは、イセの実父・安蔵と、その妻・モヨである。
「あや(方言で、お母さんのこと)、どうした? お客か?」
イセの姿を見るなり、モヨは、目を細め、かわいくてたまらないと
いうふうな表情を見せて、イセに話しかけた。
「イセちゃん、おぼえてる? あんたのお父さんよ。そして、私は、
あなたのお母さんが亡くなったあとで、後妻に入ったモヨというの。
あなたの話は前々から聴いていて、ずっと会いたかったのよ。今日
からは、うちで一緒に暮らしましょ」
イセは、一瞬、ぽかんとした。モヨの話が理解できなかったのだ。
そもそも、安蔵は、イセをこの家にあずけたきり、8年間、ただの
一度もたずねてきたことはない。2歳に満たないイセが、安蔵の顔
をおぼえているわけがないではないか。
しかし、安蔵も、しれっとした顔で、ことばをかぶせた。
「イセ、すまなかったな。俺もいろいろあって、おまえの面倒を見
るだけのよゆうがなくてな。だが、こいつがきてくれたおかげで…」
と、ちらっとモヨに目線を送ると、すかさず、モヨがあとをつぐ。
「イセちゃん、あたしねえ、女の子を育てるのが夢だったの。あん
たが、うちにもどってきたら、なんでも好きなことさせてあげるし、
ほしいものはなんでも買ってあげるわ。ね?」
そう言って、また、にっこりと目を細めた。
イセは、父はもとより、実母の顔もおぼえていない。以前、コウに、
「日本髪がよく似合う、色白の美人」と聴かされたことがある。
目の前のモヨは、ひょっとしたらそんな母に似ているのだろうか。
そんなことを、ふと思う。
そのやりとりを聴いていたコウが、ようやく我に返った体で、ふる
える声で言った。
「ですが、あんまり突然で、気持ちの用意も何もできておりません
のです。この子は、もう、実の子と同じようにかわいがって育てて
きました。せめて、あと2年、小学校を卒業するまでは、うちにあ
ずけてもらえませんか。育て賃はいりませんから」
それにたいして、安蔵がにべもなくこたえる。
「いいや、いままでさんざん迷惑をかけたからな。これ以上、甘え
るわけにはいかんよ。今日、いますぐ、連れていく」
「そんな、いますぐだなんて…」
と、思わず、イセをそばに引き寄せようとするのを、モヨが、すっ
とあいだに割って入った。
「コウさん、私の気持ちもわかってくださいな。後妻に入ってから
というもの、ご近所のひとたちから、あそこのうちは、継母だから、
子どもの面倒を見ないだなんて、陰口を…。言われるたびに、あた
しゃ、つらくって…」
と、空涙まで流して見せるのである。
イセの頭のなかに、さっきのモヨのことばがよぎった。
「なんでも好きなことさせてあげるし、ほしいものはなんでも買っ
てあげる…」
イセは、考えた。コウのことは好きだ。実の母親のように思って暮
らしてきた。できたら、コウと離れたくはない。
でも、自分がいることで、どれだけコウに迷惑をかけているかも、
よくわかっている。自分がいなくなれば、この家も少しは楽になる
だろう。
それに、コウの長女・ツタは、相変わらずイセを目の敵にしており、
この家での居心地は、けっしてよくはなかったのだ。
実家に帰れば、気兼ねせず、好きな暮らしができる。落ち着いたら、
また遊びにくればいい。隣町だから、歩いてくることもできる。
イセのこころは決まった。
「あや。オレ、家にもどるよ。急なことで、オレもさびしいけど、親
が迎えにきたっていうのに、これ以上、このうちに世話になるわけ
にいかねえもの。きっと遊びにくるから」
イセの気持ちが決まったと見るや、安蔵とモヨは、気が変わらぬ
うちにとばかりに、せきたてるようにして、佐藤家を出た。
玄関先に取り残されたコウは、あふれる涙をぬぐうことも忘れて、
ただただ、2人に手をひかれていくイセを、見送るのだった。
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