2016年06月07日

物語版「零(zero)に立つ」第2章 差別と貧しさのなかで(8)/通巻12話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演81日前!


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 
※これまでのあらすじは、こちら 


イセの負けず嫌いとけんかっ早さに、手を焼いた先生たちではあったが、
学ぶ姿勢と成績には、文句なしに一目おいていたという。

イセ自身、知識欲が旺盛で、新しいことを学ぶことをこころから楽しん
でいた。とくに記憶力は抜群で、水がしみこむようにおぼえていく。

当然、試験の結果もよく、三年生のときには、イセはみごと首席をとる
ことができた。「やった!」イセは満面の笑顔で、力強くうなずいた。

首席をとったものは、進級式のときに、総代として、郡のお役人から、
じきじきに、「免状」を受け取る役目をになえるのだ。

のちに、女優になりたいと志したこともあるイセである。晴れの式に、
みんなの前で、郡のえらいひとから、免状を受け取る役ができるという
ことは、実に晴れがましく、誇らしいことに思えたにちがいない。

いや、それは名誉欲というよりも、ふだん迷惑ばかりかけて、肩身の
せまい想いをさせている、里親のコウに、少しでも恩返ししたい気持
ちだったかもしれない。

ところが、進級式が近づいても、先生は、いっこうにイセに話をもっ
てこない。イセは、しびれを切らして、先生をつかまえて訊いた。

「先生、首席とったら、総代になって、免状受け取るんだべ。練習し
ておかねと、困るんでないの?」

先生は、一瞬、えっという顔で、イセを見た。すぐに言われた意味を
理解し、やや気まずそうな表情でこたえた。

「総代役はあなたではありません。だから練習の必要はないです」

言われて、イセはぼかんとした。

「なしてだ? 首席とったら、総代って、決まってるべ」

先生は、ちいさくため息をついて、こう言った。

「あのね、進級式には、郡から、郡長さんがわざわざいらっしゃる
んです。失礼なことがあってはいけないんですよ」

イセは、ますますわけがわからない。
 
「なして、オレが出ると、失礼になるんだ?」

「自分の着物を見てごらんなさい。つぎはぎだらけで、袖のところ
はすりきれて、すそもぼろぼろ。そんなかっこうで、郡長さんの前
に出てもらうわけにはいかないんです。総代の役はもう決まってま
す。いまから代えることはありませんから」

イセは、頭のなかが、かあっと熱くなるのを感じた。たしかに、着
物は、お世辞にもきれいなものとは言えない。でも、そんなことが
おろされる理由になるなんて、誰も言っていなかったではないか!

そんなイセのようすに、先生はさらにことばを重ねた。

「それに、あなたのお父さんは、いま、刑務所に入っていますよ
ね。そういうひとが、総代というのもね…」

イセの怒りが、頂点に達した。イセは、先生の着物のすそをつかん
で、叫んだ。

「わああ、オレには、わがんね! 首席になったら、総代やるって、
昔っから決まってるでないか。先生もそう言ってたでないか。着物
ぼろぼろだから、総代やれないなんて、そんなばかなことあるか!
父親が刑務所に入ってるから、だめだなんて、そんな話あるか!
先生、いっつも、外見よりこころが大事って言ってるでないか!」

上級生に殴られてもけっして泣かなかった、イセの目から、ぼろぼ
ろと大粒の涙がこぼれ落ちた。 

結局、当日、壇上にあがったのは、クラスで一番裕福な家の子ども
であった。この日のために新調したのだろう。きちっと折り目のつ
いた羽織袴を着て、誇らしそうに免状を受け取った。

イセは、目を大きく見開いて、その姿をにらみつけた。目の奥で、
また涙がこみあげそうになったが、もう決して泣くことはなかった。

代わりに、この悔しさを一生忘れない、と、こころに誓っていた。

自分の咎ではなく、理不尽なあつかいを受けるひとびとを、イセは
終生、かばい、支えつづけたけれども、このときの想いが、こころ
に深い錨をおろしていたからのように、感じてならないのである。


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能取岬ドローンから.png
※能取岬。上空からの景色。(撮影者・アキラ氏。ドローン使用)
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 23:28| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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