2016年06月02日

物語版「零(zero)に立つ」第2章 差別と貧しさのなかで(5)/通巻9話

脚本担当・かめおかゆみこです。

本文とは直接関係ありませんが、このブログがスタートして、この原稿で、
100記事目になります。

ちなみに、最初の記事は、こちらです。2015年3月18日ですから、
100記事書くのに、1年ちょっとかかってしまったことになりますが。

最初は、夢実子さん、スタッフのりかちゃん、私の3人で書いていました
が、いつのまにか、ほぼ私ひとりで書くかたちになりました。

公演のない時期はどうしてもお休みしがちになりますが、この連載をはじ
めてしまったので、当分は、(少なくとも平日は)記事を書きつづけるこ
とになると思います。どうぞよろしくお願いします。


天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演86日前!


山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章     


イセは数えで7歳になった。いよいよ小学校にあがる年だ。

いつも、家の前を、学校に通う子どもたちが、楽しそうに通っていく。それを
見るたびに、イセは、うらやましくてしかたがなかったのだ。

ところが、イセのいる佐藤家では、いっこうに、学校の「が」の字も聴こえて
こない。イセは、里親のコウに訊いた。

「あや(イセは、コウのことをそう呼んでいた。方言で「お母さん」の意味だ)、
4月になったら、学校さあがるんだよな。みよしちゃんと一緒に、学校さ行け
るんだよな?」

それを小耳にはさんだ、長女のツタが、ぺっと吐き捨てるように言った。
「里子のおまえに、学校に行く資格なんかあるもんか。第一、そんなむだ金、
誰が出すって!」

ツタの言うことは、半分当たって、半分ちがっている。日本の義務教育は、明治
5年にスタートしており、この当時には、就学率は男女ともに9割を超えていた。

キャプチャ.PNG
※出典は、こちら

しかし、授業料は保護者負担となっており、学校に行くためには、ノートやら
何やら、さらに物入りとなる。貧しい家では、それらの出費を捻出できず、依
然として学校に行けない子どもはいたのである。

「あや、ほんとか? オレ、学校には行けねのか? いやだ、いやだ! 学校に
行きてえ。勉強もしてえ。まま(飯)、がまんすっから、言うこと聴くから、オレを
学校にやってくれ」

イセは、泣いて、コウに頼んだ。コウとて、どれだけイセを学校にあげてやりた
かったかしれない。けれども、ただでさえ、貧しい暮らしのなかで、家長である
幸七が、頭をたてに振るわけがない。コウは涙をこらえて、顔をそむけた。

それでも、たとえどれほどしかられようと、訊いてみるだけはしてやりたい。
そう決めると、コウは、幸七の仕事場に足を運んだ。

「お義父さん、一生のお願いです。イセを小学校にやってください。私がはたら
いて、少しでも家に入れますから。まま、抜いてもかまいませんから」

コウは、頭を床にすりつけるようにして、幸七の背中に向かって頼んだ。
幸七は、振り向きもせず、そのことばを聴いていたが、やがて、ぼつりと言った。

「イセは、里子のくせに、ままは遠慮なしにおかわりするは、近所のわらしども
を、根こそぎ泣かすは、一度言い出したらてこでも引かんは、こったら強情な子
は見たことがねえ」

いちいちもっともなことばであった。コウがうつむいて、そっとその場を去ろう
としたとき、幸七は、ひとりごとのように、ことばをつないだ。

「案外、将来、おおものになるかもしれん」

コウは、はっとした。幸七は、ふだんは、何も言わないが、イセの秘めたちから
を感じ取ってくれていたのだ。たとえ学校にあげることはできなくても、そのこ
とばだけでも充分だ…と、コウは思った。

幸七は、コウがいることを忘れたかのように、そのまま、仕事をつづけた。コウ
は、もう一度静かに頭を下げて、その場を離れた。

その夜、夫の英七が、こっそり、コウに告げた。
「おまえ、親父にどんな頼みかたしたんだ? これ、イセの授業料。払っとけっ
て、わたされたよ」

これは想像でしかないけれども、幸七は、イセとの最初の出会いのときから、イ
セの利発さや器のおおきさを見抜いていたのかもしれない。そして、もしかした
ら、こつこつと、授業料などにかかるお金を、ためていたのかもしれない。

事実、イセが10歳で実家にもどることになるときまで、授業料は遅延なく支払
われることになったのである。


網走P_20150423_143806_NT.jpg
※網走の浅い春
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 09:52| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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