語り劇『零(zero)に立つ〜
激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜」
日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演93日前!
脚本担当・かめおかゆみこです。
山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、イセさんの物語をつむいで
いきたいと思います。物語であるので、すべて事実というよりも、多少の想像や
フィクションがふくまれることはご了承ください。お読みいただき、忌憚のないご
意見やご感想をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
1 2 3
「育て賃は出さねえ? なして、そったら子を引き取ってきた!
いますぐ返してしまえ!」
コウの、消え入りそうな声をかき消すように、義父・幸七がこ
たえた。予想どおりのこたえに、コウはますます身をちぢめ、
うつむいた。
義母は、ちらとイセを見たきり、あとは目をそらし、黙々とつ
くろいものをしている。夫の英七が、わずかに気の毒そうなま
なざしを送ってくるが、家長である父には何も言えない。
幸七は、ぷいと背を向けて、仕事である石工の作業を再開した。
こうなると、もうとりつくしまもない。気まずい沈黙が流れた。
(だめだ。この子には運がなかったんだ…)
いたたまれず、コウが、イセの手を引いて、再び安蔵の家にも
どろう、と思ったときだ。
たたたたた。
それまで、じっとコウに手をにぎられていたイセが、突然その
手を振り切って、幸七に向かって、走り出したのだ。
あっと思うまもなかった。どんっと、イセが、幸七にぶつかる。
不意をつかれて、幸七が一瞬よろめく。みなが、はっと息を飲
んだ。
「何すんだ、この…」
振り向きざまに、幸七とイセの目が合った。幸七は、振り上げ
かけた手を思わず止めた。
わずか2歳に満たぬイセの目が、おそれげもなく、まっすぐに
幸七を見つめていた。あどけなさというより、何か強い意思の
光が、そこにはあった。
幸七は、ゆっくりと手をおろした。そして、再び仕事の姿勢に
もどりながら、ぼそっと言った。
「一体、この子はどんな子に育つんだか…。コウ、お前が連れ
てきたんだから、おまえが責任もって育てろ」
それっきり、何も言わず、仕事をつづけるのだった。何を言わ
れたのか、すぐには飲み込めず、コウはぽかんと、夫の顔を見
た。英七が、ちいさくうなずき返してきた。
ゆるしてもらえた…? コウのなかに、ようやく実感がわいて
きた。と同時に、涙がとめどなくあふれた。
コウは、ぎゅっとイセを抱きしめた。病身のか細い母とちがい、
コウの胸も腕もおおきく、あたたかく、すっぽりとイセを包み
こんだ。イセも、そんなコウを抱きしめ返してきた。
こうして、荒谷の佐藤家での、イセの暮らしははじまった。
※どこまでも広がる能取の草原。ここで、イセさん一家は牧場をいとなんでいた。