2016年05月25日

「零(zero)に立つ」(物語版)第1章 いせよ誕生(3)

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ〜
激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜」


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演94日前!


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、イセさんの物語をつむいで
いきたいと思います。物語であるので、すべて事実というよりも、多少の想像や
フィクションがふくまれることはご了承ください。お読みいただき、忌憚のないご
意見やご感想をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。


その1  その2  


イセの実母・サダの訃報は、里親の約束をかわした佐藤コウの
もとにも届いた。

「こんなにも早くとは…」

コウの胸は騒いだ。2歳にもならぬ一人娘をおいて逝かねばな
らない、サダの胸のうちを思うと、なんとしても、イセを幸せにし
てやらねばと、想いをあらたにするのだった。

ところが…。

「連れてくなら、勝手に連れてけ。
 だけど、育て賃は、びた一文出さねえよ」

イセの父・今野安蔵は、コウに、そう言い放ったのである。

「そんな…。話がちがいます」

「ちがうも何も、俺はそんな話、知らねえ。サダが勝手に
 決めたことだ。それを、なんで俺が金を払わにゃならん」

サダが、安蔵に告げていないはずがない。男手ひとつでは
まともに育てられないことも、安蔵にはわかっていたはずだ。

計算高い安蔵が、育て賃を値切ってやろうと、小芝居を打っ
たのだろうか。あるいは、自分を信用していなかったサダへ
の逆恨みで、しっぺ返しのつもりだったのか。

いずれにしても、目の前で困りきっているコウにたいして、
思いやりを示すことなど、考えもしない男ではあった。

ただでさえ貧しい佐藤家だ。育て賃をもらえるからこそ、イ
セをあずかることを、家族にも承知してもらえたのだ。それ
がもらえないとなれば、突き返されるに決まっている。

コウは悩んだが、あどけないまなざしでコウを見つめるイセ
を、安蔵のもとに残しておく気持ちにはなれなかった。コウ
は、イセの手をとった。

「おいで。おばちゃんと一緒に行こう」

「どこに? お母ちゃんも一緒?」

無邪気に、イセがたずねる。
2歳に満たぬイセに、母の死が理解できるはずはない。

「いいとこ。お母ちゃんは、ちょっと遠いところに行ってる
から、おばちゃんと一緒に、帰ってくるのを待とうね」

「うん!」

コウは、イセの手を引いて、今野家をあとにした。安蔵は、
背を向けたまま、イセに声ひとつかけようとしない。

勢いで連れてきてしまったものの、佐藤家が近づくにつれ
て、コウの足どりは重くなった。

なんてばかなことをしてしまったんだろう。夫の英七はと
もかく、義父や義母がゆるしてくれるはずがない。私はこ
の子を、またあの家に返しにいかなければならないのだろ
うか…。

知らず、イセの手をぎゅっとにぎってしまっていた。
イセが、不思議そうに、コウの顔を見上げた。


1107岬.jpg
※能取岬。空が広い。イセさんは、この広々とした景色が好きだった。
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 09:56| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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