『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
1947年、網走市議会30議席中、28番目に当選したイセ
だったが、4年後の1951年には、5位当選。1955年には、
トップ当選を果たす。
ちなみに、イセは、第1回目と第2回目は、「民主党」から
出ているが、これは、後世の民主党ではなく、1947年に結
成された、「日本民主党」のことである。
当時の総裁に鳩山一郎、副総裁に重光葵、幹事長に岸信介
の名前が見える。
しかし、終戦直後は、どの政党も結党・分裂・離散を繰り返し、
日本民主党も例外ではなかった。
日本民主党から離脱した一部が「民主クラブ」となり、1955
年に、吉田茂を党首とする自由党と保守合同を組み、現在の
自由民主党の誕生となる。
そんないきさつで、イセも、第3回目からは、自由民主党の議
員として、立候補しているが、本人は、あまり党派にはこだわ
っていない。
のちに、「なぜ自民党から?」と問われて、「なんとなく」とこた
えているくらいである。
その1955年には、イセも54歳。
3期連続当選、しかも3期目はトップ当選とあって、イセの名前
は北海道内でも知られはじめる。
3年後の1958年には、網走人権擁護委員協議会の会長に
なり、1988年の、87歳までこの任につくことになる。
(87歳は、イセが、「網走監獄」保存財団の理事長になった
年である)
翌1959年の4期目は、7位当選。しかも、このころになって
も、市議会には、女性はほとんど入っていなかった。
女性たちを中心に、期待は、いやがおうでも、イセにそそがれ
るのである。
1961年、イセ60歳の年である。
6月に、自由民主党北海道支部連合会(略称「自民党道連」)
では、婦人部長を決めることになっていた。
当時、婦人部長は、北海道議会議員か、もしくは、その夫人
がつとめることになっていた。
ところが、候補になった2人が、それぞれにグループをつく
って、はげしく対立した。何度調整しても、決着がつかない。
互いに険悪な雰囲気となり、仮に決まっても、その後の運営
に悪影響をおよぼすことが懸念された。
「こうなったら、別の選びかたをしましょう!」
と、決断をくだしたのは、自民党道連の幹事長であった岩本
政一であった。つまりは、喧嘩両成敗である。
「で、どうするんですか?」
「道議がだめなら、市議から出すことにしましょう」
そんなわけで、イセのところに、道連の担当者と名乗るもの
から、電話がかかってきた。
「はい? 婦人部長? いきなりどういうことです?」
イセは面食らった。網走で市議4期目とはいえ、党の執行部
になど、関心を持ったこともなかった。
「実は…、こういう事情がありまして…」
「そんなこと。ほかにもっと適任者がいるでしょう」
「現在、党では、道内の女性市議は3人しかいないんですよ。
ですから、そのなかで、ということで…」
「ほかのかたにしてください」
「その2人が辞退されまして、もう中川さんしか、お願いで
きるひとがいないんですよ」
なんというむちゃくちゃな頼みかただろう。イセはあきれた。
こんなもの、きっぱりことわってやろうと想い、イセは、こう
返事した。
「せっかくだけど、おとこわりします。
わたすは、裸馬に乗って、札幌じゅうを駆けめぐれと言われ
ても、あぐらかいて一升瓶飲めと言われても、できるけど、
大体、尋常小学校4年までしか出てなくて、満足に自分の名
前さえ書けないんだ。
そんなわたすが、婦人部長なんかつとまらないべさ」
もちろん、「自分の名前さえ書けない」というのは、おおげ
さすぎるが、それくらい言えば、相手もあきらめるだろうと
思ったのである。
数日後、幹事長の岩本から、じきじきに電話がかかってきた。
「話を聴きましたよ。おもしろいじゃないですか。それで市
議をやろうという度胸にほれました。ぜひ、婦人部長をやっ
てください。
なに、字なんか書けなくていい。大学卒の秘書をつけますか
ら、全部、秘書にやらせたらいい」
実は、岩本自身、小学校しか卒業していなかった。だから、
よけい、イセに興味がわいたのだろう。
そんなわけで、さすがのイセも、返すことばがなかった。
こうして、イセは、自民党道連の婦人部長に就任することに
なったのである。
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「カニ爪のオブジェ」
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん