2016年12月31日

★大募集!★「零(zero)に立つ」感想文(2016.12.31-2017.1.12)

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしたものです。

※あらすじと、バックナンバーは、こちら


「零(zero)に立つ」感想大募集〜

募集期間/2016年12月31日〜2017年1月12日23時59分
条件/物語版「零(zero)に立つ」の感想を、400字以上

結果発表/2017年1月15日(日)の当ブログにて!
お申し込み/ こちら
問い合わせ/info@kamewaza.com


スペシャル特典

投稿していただいたかた全員に夢実子さんの講話録
 「中川イセのあきらめない精神を語る」
音声データをプレゼント。
 (限定公開のURLをお知らせします)


いただいたすべての感想のなかから、5名のかたに特別プレゼント

 1)1月30日・東京・首都圏公演ミーティング(2000円)に無料ご招待!
 2)冊子「零(zero)に立つ」第1巻をプレゼント
 3)かめおかより北海道土産を進呈
(お届けは、帰省時2月以降になります)

※いわゆる文章の優劣ではなく、
 ご自身の素直な気持ちが表現されているものを優先します
 どうぞ、自由な感想をお寄せください

※いただいた感想は、ブログ上でご紹介させていただくとともに、
 今後、中川イセさんや、語り劇「零(zero)に立つ」「掌編・中川イセの物語」
 を、より多くのひとに知っていただくために活用させていただきます。

ご応募、お待ちしています!!

よびかけ2.jpg
※この「イセさん」は、博物館「網走監獄」の事務所にあった、木彫りの「人形」です。(写真からきり抜きました〜)

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「零(zero)に立つ」第1巻
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【保存版】あらすじ★物語版「零(zero)に立つ」

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしたものです。

連載は、2016年12月30日で完結しました。


物語版「零(zero)に立つ」あらすじ

★第1章★ いせよ誕生
明治34年(1901年)、今野安蔵・サダの娘、いせよ(のちの中川イセ)
誕生。サダは、産後の肥立ちが悪く、死を予感。ヤクザものの安蔵にあとを
託すことを怖れ、佐藤コウに里親を頼むと、その年のうちに亡くなった。
    

★第2章★ 差別と貧しさのなかで
イセは佐藤家の里子になった。佐藤家は貧しく、イセはまわりからいじめられ
たり、差別を受けたりするが、コウの愛情、親友・渡辺みよしの存在、自身の
負けず嫌いの性格で、それらをはね返して成長していく。
     10 11 12 13 14 

★第3章★ はじめての家出
10歳で実家に連れもどされイセは、学校にも行けず、仕事に明け暮れる。
11歳の夏、モヨとの口論から、初めての家出。山形の船山先生夫妻の
家で住み込みの女中をし、かわいがられるも、翌春、船山先生に満州へ
の転勤辞令が出て、再び実家にもどることになる。
15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

★第4章★ イセの初恋
またまた家出し、米沢の寮づきの織物工場ではたらく。仲間もできて楽し
い日々。そんな中、隣に住む名家の次男坊・戸田茂雄との初恋も体験。し
かし、安蔵にイセの居場所を知られたことで、イセは実家に帰ることに…。
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★第5章★ 女優志願
実家にいる間、地域巡演で山形にきた松井須磨子(実はにせもの)にあこが
れ、家出して上京する。しかし、たずねた帝国劇場に須磨子はおらず、い
くつかの仕事を転々とするが、結局あきらめて山形にもどることになる。
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★第6章★ 運命の歯車
人絹工場、機織り工場などではたらくうち、かつて実家に出入りしていた
芸人・八重松と再会。乱暴されて子どもを身ごもり、17歳で娘・愛子を
出産。その後、北海道の遊廓への話をもちかけられ、悩んだ末、イセは3
年で500円の借金をし、そのお金で愛子を里子に出すことにする。
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★第7章★ 網走まで
大正7年暮れ、イセは北海道に旅立った。ところが途中で虫垂炎から腹
膜炎をおこし、到着した旭川で即入院。借金が倍の1000円となり、
網走の遊廓に売られることに。駅前の島田食堂の夫婦にかわいがられる。
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★第8章★「お職」になる!
自転車を借りて町内を乗り回したり、柔道場に通ったりしたイセだが、娼
妓になると今度は、囲碁や将棋をおぼえ、お客を楽しませる工夫をした。
また酒に強く、何度も杯を重ね、そこから収益をあげることも考えた。
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★第9章★「小梅」の死
イセは、娼妓に乱暴した客を一本背負いで投げ飛ばすなどで、娼妓たちの
信頼を勝ち得ていった。しかし一方で、妹ぶんの「小梅」が、失恋を苦に
自死。小梅の死をきっかけに、娼妓みんなでちからをあわせることを誓う。
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★第10章★中川卓治という男
イセは、柔道場で出会った中川卓治と親しくなり、急速に気持ちが近づい
ていく。卓治の妹・タマは、2人の交際をはげしく反対するが、卓治はイ
セに求婚し、イセは身請けされて、ついに遊廓を出る。
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★第11章★樺太にて
中川家よりもイセを選んだ卓治。2人は樺太にわたり、仕事を見つけて
はたらき、暮らしを立てた。卓治は、酒がもとでけんかをして大けがを
したりもするが、ついに茂市の許しが出て、網走に帰れることになる。
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★第12章★岬の日々
網走の能取岬にある中川牧場の管理をまかされたイセたち。その雄大な
景色にイセは魅了される。乗馬も覚え、少しずつ馬との暮らしに親しみ、冬
になれば、流氷の美しさに見とれる。平和な日々がすぎていく。
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★第13章★茂市の死
卓治の父・茂市が、娘婿・東条貞の選挙資金調達で14万円の借金を残
して死去。イセと卓治はその借金を引き受ける。拓銀に50年割賦(ロー
ン)を頼むため、イセは札幌本店に出向き、交渉を成立させる。
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★第14章★戦況のなかで
借金返済のため、卓治とイセは、馬喰となった。また、念願の愛子をひき
とり、やがて、養子の清と結婚させる。しかし、清は、海軍に招集され、戦死。
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★第15章★米軍上陸?!
1945年7月、網走空襲。米軍が上陸するかも…という緊迫感のなか、イセ
は自分がおとりになるから、みんなは逃げろと宣言し、町長公宅に泊まり込む。
しかし米軍は上陸せず、8月15日、終戦をむかえる。
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★第16章★初の女性市議会議員誕生
1947年4月、網走が市政変更になったのを受け、初の市議会議員選挙。女
性参政権ができて最初の選挙となり、イセはまわりにおされて立候補。30議
席に83人の立候補だったが、下から3番目で当選。最初の街頭演説の日、
イセは、踏み切りの前に立ち、遊廓時代に亡くなった小梅に演説を聴かせる。
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★第17章★イセ、奔走す!
議員1期めから2期目へ。家の前でのラジオ体操。保育園建設。そして、日
本鋼管とかけあっての、網走での水道敷設。イセは精力的に動きつづけた。
なかでも、一番力を注いだのは、人権擁護の活動だった。遊廓まがいの商売
をしている店に乗り込み、商売替えさせたり、法務局に通告したりした。
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★第18章★塀の向こう
人権擁護委員のイセのもとに、網走刑務所から、受刑者に話をしてほしいと
依頼がきた。イセは、北海道の道路をつくるために、たくさんの受刑者がい
のちを落としたことを知り、感謝する。そして、みずからの生い立ちを語る
と、受刑者たちは涙ながらにイセの話を聴いた。
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★第19章★駆け抜ける日々
自民党道連の婦人部長に抜擢されたイセは、中央の政治家とのつながりも
つくる。そんななか、夫・卓治と、孫の尋仁が次々に亡くなる。74歳で議員
引退後も、保育園創設、博物館「網走監獄」の理事長と活躍をつづける。阪
神淡路大震災のあとは、修学旅行の生徒たちを歓待もした。
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★第20章★一世紀を生きて
イセは、その数奇な運命が話題となり、メディアにとりあげられるようにな
る。100歳を超えてもその意気はおとろえなかったが、2004年、脳梗
塞でたおれ、2年あまりの闘病の末、2007年1月1日深夜、その生涯を
終える。魂はいま、愛する能取岬のうえを飛んでいるだろうか。
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ご愛読ありがとうございました


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2016年12月30日

【最終回】物語版「零(zero)に立つ」第20章 一世紀を生きて(9)/通巻155話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


イセが亡くなったという知らせは、新聞・テレビなどで、一
斉に報じられた。

多くのひとびとが、数奇な運命を生きた、このひとりの女性
の死を悼んだ。

網走市は、1月20日に、市民葬をとりおこなうことを決めた。

その日、天井まで届きそうなほどの花が、祭壇のまわりを埋
めつくした。おとずれた市民の数は、800人にもおよんだ。

イセが市議会議員をつとめていた時代、網走市長であった安
藤哲郎は、イセについて、こんなことばを残している。

「どん底から這いあがり、逆境を克服し、その強靭な精神力
での“天下御免”の活躍は、庶民の味方として、また女性の
味方としても、こんなに頼もしい人はおりません」

議員時代、イセと親交のあった、網走市議会議長(当時)の
田村直美は、

「男まさりのきっぷで、時の首相や幹事長にズケズケものを
言った」と、当時をしのびながら述懐した。

そのほか、イセを評することばをいくつか紹介しておこう。

・「北海道を開拓した北の女性の代表」
               (元北海道知事の横路孝弘)

・「覚者としての人の味が、一種迫力となって伝わってくる」
(雑誌『北海道味と旅』元編集長・山本祥子)

・「自分が何者で、何をすべきかを知っている顔」(司馬遼太郎)

(※ここまでの記述は、ウィキペディアを参照しました)


能取岬ドローンから.png

いま、網走の小高い丘にある墓苑に、イセは眠っている。

そこからは、イセの愛した能取岬を、直接には、のぞむ
ことはできない。

しかし、もはや肉体のしばりをときはなたれたイセの魂は、
かるがると空の高みを駈け、岬のうえをどこまでも飛んで
いくだろう。


イセの娘・愛子は、その数年後、90歳を手前にこの世を
去った。

ちなみに、イセの実父、今野安蔵は、先妻とのあいだにで
きた娘に引き取られて、晩年は、妻モヨとともに、網走の
近くの町に住み、亡くなった。

イセの直接の血は絶えたが、イセを生み出した安蔵の血
は残り、その血のどこかに、「イセ」は受け継がれていくの
かもしれない。

今日も、能取岬の緑の大地のうえを、風が吹き抜けていく。

眼下に広がるオホーツクの海は、どこまでも青い。

                          (完)


2015年8月、語り劇「零(zero)に立つ」網走初演の際
におとずれた、能取岬の光景を、ドローンにて撮影しま
した。ぜひごらんください。イセさんの視点を、ともにたどれ
るかもしれません。(操縦・撮影・動画作成/アキラ)
https://youtu.be/dCXkAw2DkKw


お知らせ
「零(zero)に立つ」感想文を募集します!
詳細は、明日の、このブログにて!

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2016年12月29日

物語版「零(zero)に立つ」第20章 一世紀を生きて(8)/通巻154話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

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脳溢血であった。

すぐに病院に運ばれ、なんとか一命はとりとめたが、意識は
もどらなかった。

たおれて以来、イセは、ただ昏々と眠りつづけた。

…いや、はたして本当にそうであったろうか。

これは、憶測だけれども、ひとつの可能性として。

全身がまったく動かないために、意識がないと思われてしま
う状態のことを、「ロックトインシンドローム」という。

全身がまひするので、からだのどこも動かすことができない。

声はもちろん出ない。くちびるを動かすことさえもできない。

まわりの話は完全に聴こえているが、それに反応することが
できない。

目も見えているが、まばたきさえできないので、意思を伝え
ることはほぼ不可能になる。

そうしたひとたちが、いわゆる「植物状態」と呼ばれるひと
たちのなかにも、おおぜいいることが、最近の研究によって
わかってきた。

そうしたひとたちの意識回復のためのサイトも存在する。
(「白雪姫プロジェクト」)

イセが、そうでなかったとは、誰にも言うことはできない。

ともあれ、親戚を中心に、まわりのひとたちは、交代で看病
についた。

そうして、2004年が暮れ、回復のきざしも見ないまま、
2005年も暮れていった。

そのかん、イセは、何度か容態が悪化することがあった。

あるときなどは危篤となり、葬儀の日取りを決めたほう
がいいのではないか、という状態にまでなった。

しかし、イセは、そのときでさえ、奇跡のように持ち直した。

まわりのものたちは、イセの強靱な体力と気力に感嘆した。

そうして、2006年も暮れようとするとき、ふたたび容態が
悪化した。

親戚やまわりのものたちが集められたが、小康状態にな
ったこともあり、

「ばっちゃん、今回も大丈夫だろう」

年末年始ということもあって、みなは、帰っていった。

正月をともにむかえたのは、宗治の娘、和子であった。

イセは、初日の出をおがむこともなく、眠りつづけていた。

元旦の日はゆっくりと暮れていき、やがて夜になった。

静かな夜だった。

ふと、時計を見ると、まもなく23時になろうとしていた。

2007年も、このまま、こんなふうに過ぎていくのだろ
うか。

よろこんでもかなしんでも、ときは刻々と過ぎていく。

そのときの流れのなかに、ひとは生まれ、死んでいく。

誰ひとり、その流れから、はずれることはできない。

元旦。1月1日。1が並ぶ日。

(ばあちゃん、一番が好きだったねえ…)

和子が、何気なく、そう思ったときである。

イセの息が、ふっと止まった。

(え…?)

和子は、どきっとした。

「ばあちゃん…? ばあちゃん…!」

声をかけたが、イセは、もう、息をしていなかった。

和子は、あわてて、医師を呼びに病室を飛び出した。

1月1日22時55分。臨終。

「1月1日かあ。さすがは、中川のばっちゃんだ」

知らせを受け、駆けつけたものたちがつぶやいた。

105歳の大往生であった。



(明日、最終回となります)



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2016年12月28日

物語版「零(zero)に立つ」第20章 一世紀を生きて(7)/通巻153話

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イセは、昔から、困ったひとを見ると、つい援助せずにはい
られないたちである。

周囲のものが、「ほっとくと、お財布がからっぽになる」と
危惧してしまうほどだった。

収入がふえても、それで豪華な生活をしたいとは思わなかっ
た。だから、イセの生活は、ずっと質素なままだった。

また、その豪放磊落さで、男まさりのイメージが先行するイ
セではあるが、けっしてがさつであったわけではない。

「私のなかの歴史」を聴き書きした、北海道新聞の記者、石
原は、「身ぎれいにしていて、いつでも女性らしさを忘れな
いひとでしたね」と、述懐する。

「いせの里」で、イセをしたう職員や、元気にあやかろうと
する入居者たちに囲まれて暮らす日々を、イセは静かに楽し
んでいた。

もっとも、完全に「引退」できたわけではない。

イセに相談ごとを持ちかけるものは、相変わらず引きも切ら
なかったし、イセ自身も夢をもっていた。

それは、「いせの里」の近くに、高齢者のための施設を、も
うひとつつくることだった。

「ダンスホールのある施設をつくりたいんだよ。踊れば、元
気が出るよ。毎日が生き生きするよ。そんなホームがあって
いいじゃないか」

周囲のものたちは、感嘆しつつも、なかばあきれた。そんな
イセにたいして、

「ばっちゃん、無理ですよ。お金はどうするんですか」

などと、意見を言おうものなら、イセは、しれっとこたえた
ものだ。

「わたすに意見を言いたいなら、3ケタ(100歳)になって
からにしてもらいたいね」

…もはや、口出しするものはいなくなったという。

2004年、イセは、103歳になった。

8月26日の103歳の誕生日には、たくさんのひとが集ま
って、お祝いをした。

その約1か月前の、「いせの里」の「いせの里祭」で、イセの
写真が撮られた。それが、ポストカードとして配られた。

P_20141207_135541_NT.jpg

(「いせの里」さんで、現物を撮影させていただいたため、
左がわの部分に、反射の光が入っています)

おおきな花束も贈られた。

イセは、いつも以上にごきげんで、満面の笑みをはじけさせた。

「ばっちゃん、シャンパン、いかがですか?」

このところやめていた酒であったが、イセは上機嫌で、そ
れも飲み干した。

楽しい時間は、この先まだまだつづくかと思われた。

その2日後、イセは、たおれた。


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2016年12月27日

物語版「零(zero)に立つ」第20章 一世紀を生きて(6)/通巻152話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
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イセは、年齢を、いつも「数え」で数えていたから、2000
年は、イセにとって、100歳ということになる。

この年、博物館「網走監獄」保存財団では、長年使っていた
財団の車を、買い替えることにしていた。

ふだん、イセが乗っている車であることから、職員がイセに
たずねた。

「何か、希望の番号はありますか?」

「番号って、好きにつけられるものなのかい?」

「はい。お好きな番号を」

「それじゃ、100番がいいね」

子どものころから、なんでも1番が好きだった。その気持ち
は、いくつになっても変わらない。

1番ではなく、100番にしたのは、100歳になった記念とい
うことがあるのだろう。

しかし、車が納車されて、ほどなくして、イセは言った。

「わたすは、今年で、理事長をおりるからね」

職員たちはあわてた。寝耳に水の話だったからだ。

たしかに、寄る年波で、さすがのイセも、車椅子や杖をてば
なせなくなってきてはいた。

とはいえ、思考力や明晰さに変わりはなく、博物館に大切な
お客さまがくれば、みずから案内に出たし、講演の依頼を受
ければ引き受けて、出かけてもいた。

何か事件があったというわけでもない。当然、職員たちは引
き止めたが、いったん決めたイセの意思はゆるがない。

結局、理事長はおりて、「名誉会長」に就任することになった。

イセを乗せることのなくなった財団の車は、それ以降も、
「100番」のまま使われつづけている。

2001年、イセは、100歳になった。

敬老の日には、大場脩網走市長(当時)から花束が贈られ、
小泉純一郎首相(当時)からは、記念品と褒章を贈られている。

イセは、みずから設立にかかわり、理事長にもなった「いせ
の里」で暮らすようになっていた。

その理事長職も、このころ、退任している。

しかし、長年呼ばれ慣れた呼称であるせいだろうか。

「中川さん」と呼ばれても振り返ることをせず、「理事長」と
呼ぶと、振り向いたという、エピソードが残っている。

ちなみに、この「いせの里」には、娘の愛子も一緒に入って
いた。

愛子は、1985年に、再婚した夫が死去したのにともない、
イセのもとに通って、講演などにもつきそうようになっていた。

17歳で愛子を産んだイセだが、2001年には、その愛子
も83歳。

14年間、離ればなれに暮らした親子が、こころをかよわす
ためには、それなりの年月を必要とせざるを得なかった。

しかし、それもここにきて、ようやく実を結びはじめている
のかもしれない。

2002年、卓治の息子、宗治が亡くなった。脳卒中だった。
享年85歳。

宗治は、能取岬の牧場をつぎ、結婚して、2人の娘をもうけた。

娘のひとり、和子は、専門学校時代を東京で過ごしたが、上
京したイセに、永田町の議員会館に連れていってもらったこ
とがある。

歴代の首相とも親交のあったイセのこと、後輩にあたる政治
家たちのなかには、イセをしたい、頼るものも少なくなかった。

「網走のばっちゃんが来た」

「ばっちゃん、お元気ですか?」

イセが行くと、まわりから、絶えずそんな声がかかる。

あるときのこと。和子が、イセについていくと、そこは、ある
大臣の部屋だった。

大臣は、たまたま席をはずしていた。

案内した議員が、呼んでくると言って、席を立った。

しばしのあいだ、部屋には、イセと和子の二人きりになった。

イセが、にやっと笑って言った。

「せっかくだから、椅子にすわってごらんよ」

りっぱな背もたれとひじかけのついた、大臣の椅子である。

「え? いいの?」

「いいんだ、かまやしないよ」

イセは、愉快そうに笑った。

また、博物館「網走監獄」理事長時代の話であるが、やはり、
職員を連れて、議員会館に来たときのこと。

「ここにくると、いつも食べるものがあるんだ。あれはほか
では食べられないね。ごちそうしてやる」

イセのことばに、職員はわくわくした。東京で、ほかでは食
べられないものといったら、築地の寿司とか?!

そんな期待でいっぱいの、職員の前に運ばれてきたのは、
ただの、さばの味噌煮定食であった。

「ここのさば味噌煮定食は、最高だね。これを食べるのが、
いつも楽しみなんだ」

うまそうにたいらげるイセを前に、職員は愕然とし、返す
言葉もなかった。

そんなエピソードも残っている。


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2016年12月26日

物語版「零(zero)に立つ」第20章 一世紀を生きて(5)/通巻151話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1993年、北海道新聞網走支局の若手記者・石原宏治が、
夕刊連載「私のなかの歴史 中川イセ」の担当となる。

その道の著名人などを取材し、十数回にわたって連載して
いるシリーズである。

このとき、イセ、92歳。石原は25歳。まだ大学を出て数
年、仕事がようやく板についてきたばかりのころである。

石原は、ほぼ毎日、夕刻になると、イセの家に立ち寄る。

イセがたずねる。

「めし、食ってきたか?」

「まだです」

「んじゃ、食ってけ」

決まり文句だった。食事をさせてもらい、イセの話を聴く。
そんな日々が半年におよんだ。

イセは、孫のような年の石原を、「友人」と呼んだ。

「これまで、いろいろとわたすのことを書いてくれるひとは
いたけど、事実とちがってることを書かれたりしてね。友人
のあんたには、本当のことだけ書いてほしいんだ」

石原は、真剣にうなずき、その約束を守った。

16回にわたる連載は、おおきな反響を呼び、また、イセの
後年の活動を伝える貴重な資料ともなっている。

ところで、イセの家には、しばしばひとがおとずれていた。

ときに、たずねると、それなりの要職にあるものたちが、真
剣な顔で相談をしていることがあった。

石原が入っていくと、ぴたりと話をやめる。

あっと想って、石原が引き返そうとすると、イセが止めて言
った。

「いいんだ。このひと(石原)は信頼できるひとだから。話
が終わるまで、そこで待ってなさい」

そう言って、話をつづけたという。

実は、そんなふうに、「このひとは信頼できるから」と言わ
れて、内密の話の場に立ち会った体験をもつひとが、ほ
かにもいる。

もしかして、それは、イセ流の「ひとの育てかた」ではなか
ったか。

自分が信頼されていると感じると、ひとは誰でもうれしく感
じるものだし、その信頼をうらぎらない生きかたをしようと、
思うものだろうから。

いずれにしても、イセは、若いものたちを育てたいという気
持ちを、いつでももっていた。

正月三が日のあいだ、イセはいつも、たずねてくるひとにた
いして、「お年玉」をわたしていた。

あらかじめ、お年玉を入れた御祝儀袋を大量につくり、たず
ねてきたひとにわたすのだ。

党派のちがうものであっても、それは分けへだてなかった。

だからこそ、ひとは、「(中川の)ばっちゃん」と、イセをした
ったのである。

1999年、イセは、白寿をむかえ、網走では、「中川イセ白
寿記念講演会」がひらかれた。

ゲストには、作家で作詞家の永六輔がまねかれた。

永は、歌手の淡谷のり子を引き合いにだし、「二人には、
頑固さと強さという共通点がある」と、イセをほめたたえ
たという。

イセもまた、「地道にがんばれば、誰でもことをなすことが
てきる」と、持論を語った。

そして、「網走は、懸命にはたらいたひとを、あたたかくむ
かえてくれるところ」と、この第2の故郷への感謝のことば
を忘れなかった。


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2016年12月25日

思いがけないつながり(向陽が丘病院のこと)

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


思いがけないつながり(向陽が丘病院のこと)

7か月あまりの連載のなかで、私は、現在進行形で、イセさ
んの仕事にふれてきた、という気がする。

昨年、語り劇「零(zero)に立つ」の脚本を書いてはいたが、
それは、おもに、山谷一郎著「岬を駈ける女」を主要資料と
してのものだった。

(もちろん、その他の資料も参考にはさせてもらったが)

けれども、そのときは、まだまだイセさんの全体像をつかみ
きれていなかったように思うのだ。

なんとか、骨格をつかみ、舞台化できる部分を抽出したとい
うのが正直なところだろう。

こうして、幼少時から晩年にいたるまでを、経年で書くこと
によって、やっと全体が見えてきたという感じなのだ。

で、当然ながら、見落としもある。

「あっ、こんなエピソードもあった!」と気づいたが、す
でにその章は終わっていたりするわけだ。

そのうちのひとつが、北海道立向陽ケ丘病院(当初は、網走
市立向陽ケ丘病院)の誘致の話だ。

上水道敷設をめぐって、日本鋼管とかけあっていた1950
年ころ、もうひとつ、イセさんがかかわっていたのが、病院
誘致だった。

当時の北海道知事である田中敏文のもとへ、イセさんはお
とずれ、網走への病院誘致を請願した。

ところが、そのころ、ほかの市町村から同様の請願はなかっ
たのだが、イセさんが動いたことを知るや、他の市町村も、
がぜん動き出したらしい。

そして、猛勢をかけた他の市の請願が、先にとおってしまっ
たのである。

これには、イセさんは大憤慨した。何しろ負けず嫌いな性格
である。

「私が一番先に願い出たのに、あっちの運動が激しいから、
そっちにするっていうのはどういうことか! 女だからって
バカにするのか!」

と、知事に食ってかかったらしい。

「女だから」というのは、ほとんど思いこみの言いがかりの
ような気がしないでもないが、ある意味、イセさんらしいと
いえば、らしい。(笑)

結果、イセさんの剣幕に、田中はついに根負けし、1952
年に同病院が設置されたという。

ちなみに、この向陽ケ丘病院、私にはひとかたならぬ思い
出のある病院なのだ。

向陽ケ丘病院の診療科目は、精神科と神経科である。

私は、4歳のときに、てんかんに似た発作を起こし、向陽ケ
丘病院の神経科のお世話になった。

そのときの脳波の検査で、「通常時には出ない脳波が出て
いる」(記憶なのでさだかではないが、そんな表現だった)
と言われ、継続して、脳波の検査を受けることになった。

年に2回、頭に電極をつないで検査を受け、中身はさだか
ではないが、毎日、薬を飲むように言われた。

子どもだった私は、「脳波をはかると、考えていることも全
部知られる」と思いこみ、検査中はできるだけ何も考えない
ようにしていた、記憶がある。(笑)

また、毎日の薬は、正直、面倒だった。

学校で昼食後に薬を飲んでいると、きまって、友だちに
「何の薬か?」と訊かれるのである。

毎日のことなので、「風邪」とか「胃腸」とかこたえることも
できない。

「アタマのよくなる薬」と、まんざらうそでもない?返事を
すると、友だちは、わかったようなわからないような顔をし
て、それ以上聴いてこなかった。

発作は、幼少時のみで、その後はまったく起きなかったが、
相変わらず、通常時にはない脳波は、出つづけていた。

発作が起きないので、薬をどんどんさぼるようになり、し
まいには、めったに飲まなくなった。

19歳で地元を離れることになったとき、「そんだけ、薬
をさぼっていても、症状が出ないなら、まあ、大丈夫でし
ょう」というわけで、灰色放免となった。

いまもって、脳波は出つづけているかもしれないが、たし
かめようがない。

イセさんの取材のなかで、私が15年の長きにわたって通
った病院が、実は、イセさんの請願と無茶ぶり!によって
建てられたと知った。

こんなところで、イセさんと私はつながっていたのだ、と
勝手な感慨にふけった…という、大変、個人的なハナシ
なのである。

いずれにしても、網走市民のみならず、周辺市町村のひと
びとは、知らないところで、イセさんの恩恵にあずかって
いるのかもしれないのだった。


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2016年12月24日

最後の「これまでのあらすじ」/卓治の評判

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


これまでのあらすじ

★第1章★ いせよ誕生
明治34年(1901年)、今野安蔵・サダの娘、いせよ(のちの中川イセ)
誕生。サダは、産後の肥立ちが悪く、死を予感。ヤクザものの安蔵にあとを
託すことを怖れ、佐藤コウに里親を頼むと、その年のうちに亡くなった。
    

★第2章★ 差別と貧しさのなかで
イセは佐藤家の里子になった。佐藤家は貧しく、イセはまわりからいじめられ
たり、差別を受けたりするが、コウの愛情、親友・渡辺みよしの存在、自身の
負けず嫌いの性格で、それらをはね返して成長していく。
     10 11 12 13 14 

★第3章★ はじめての家出
10歳で実家に連れもどされイセは、学校にも行けず、仕事に明け暮れる。
11歳の夏、モヨとの口論から、初めての家出。山形の船山先生夫妻の
家で住み込みの女中をし、かわいがられるも、翌春、船山先生に満州へ
の転勤辞令が出て、再び実家にもどることになる。
15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

★第4章★ イセの初恋
またまた家出し、米沢の寮づきの織物工場ではたらく。仲間もできて楽し
い日々。そんな中、隣に住む名家の次男坊・戸田茂雄との初恋も体験。し
かし、安蔵にイセの居場所を知られたことで、イセは実家に帰ることに…。
26 27 28 29 30 31 

★第5章★ 女優志願
実家にいる間、地域巡演で山形にきた松井須磨子(実はにせもの)にあこが
れ、家出して上京する。しかし、たずねた帝国劇場に須磨子はおらず、い
くつかの仕事を転々とするが、結局あきらめて山形にもどることになる。
32 33 34 35 36 37 

★第6章★ 運命の歯車
人絹工場、機織り工場などではたらくうち、かつて実家に出入りしていた
芸人・八重松と再会。乱暴されて子どもを身ごもり、17歳で娘・愛子を
出産。その後、北海道の遊廓への話をもちかけられ、悩んだ末、イセは3
年で500円の借金をし、そのお金で愛子を里子に出すことにする。
38 39 40 41 42 43 44 

★第7章★ 網走まで
大正7年暮れ、イセは北海道に旅立った。ところが途中で虫垂炎から腹
膜炎をおこし、到着した旭川で即入院。借金が倍の1000円となり、
網走の遊廓に売られることに。駅前の島田食堂の夫婦にかわいがられる。
45 46 47 48 49 

★第8章★「お職」になる!
自転車を借りて町内を乗り回したり、柔道場に通ったりしたイセだが、娼
妓になると今度は、囲碁や将棋をおぼえ、お客を楽しませる工夫をした。
また酒に強く、何度も杯を重ね、そこから収益をあげることも考えた。
51 52 53 54 55 56 57 58 59

★第9章★「小梅」の死
イセは、娼妓に乱暴した客を一本背負いで投げ飛ばすなどで、娼妓たちの
信頼を勝ち得ていった。しかし一方で、妹ぶんの「小梅」が、失恋を苦に
自死。小梅の死をきっかけに、娼妓みんなでちからをあわせることを誓う。
60 61 62 63 64 65 66 

★第10章★中川卓治という男
イセは、柔道場で出会った中川卓治と親しくなり、急速に気持ちが近づい
ていく。卓治の妹・タマは、2人の交際をはげしく反対するが、卓治はイ
セに求婚し、イセは身請けされて、ついに遊廓を出る。
67 68 69 70 71 

★第11章★樺太にて
中川家よりもイセを選んだ卓治。2人は樺太にわたり、仕事を見つけて
はたらき、暮らしを立てた。卓治は、酒がもとでけんかをして大けがを
したりもするが、ついに茂市の許しが出て、網走に帰れることになる。
72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 

★第12章★岬の日々
網走の能取岬にある中川牧場の管理をまかされたイセたち。その雄大な
景色にイセは魅了される。乗馬も覚え、少しずつ馬との暮らしに親しみ、冬
になれば、流氷の美しさに見とれる。平和な日々がすぎていく。
85 86 87 88 89 90 

★第13章★茂市の死
卓治の父・茂市が、娘婿・東条貞の選挙資金調達で14万円の借金を残
して死去。イセと卓治はその借金を引き受ける。拓銀に50年割賦(ロー
ン)を頼むため、イセは札幌本店に出向き、交渉を成立させる。
91 92 93 94 95 96 97 98 99

★第14章★戦況のなかで
借金返済のため、卓治とイセは、馬喰となった。また、念願の愛子をひき
とり、やがて、養子の清と結婚させる。しかし、清は、海軍に招集され、戦死。
100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 
111 112

★第15章★米軍上陸?!
1945年7月、網走空襲。米軍が上陸するかも…という緊迫感のなか、イセ
は自分がおとりになるから、みんなは逃げろと宣言し、町長公宅に泊まり込む。
しかし米軍は上陸せず、8月15日、終戦をむかえる。
113 114 115 116 117

★第16章★初の女性市議会議員誕生
1947年4月、網走が市政変更になったのを受け、初の市議会議員選挙。女
性参政権ができて最初の選挙となり、イセはまわりにおされて立候補。30議
席に83人の立候補だったが、下から3番目で当選。最初の街頭演説の日、
イセは、踏み切りの前に立ち、遊廓時代に亡くなった小梅に演説を聴かせる。
118 119 120 121 122

★第17章★イセ、奔走す!
議員1期めから2期目へ。家の前でのラジオ体操。保育園建設。そして、日
本鋼管とかけあっての、網走での水道敷設。イセは精力的に動きつづけた。
なかでも、一番力を注いだのは、人権擁護の活動だった。遊廓まがいの商売
をしている店に乗り込み、商売替えさせたり、法務局に通告したりした。
123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133

★第18章★塀の向こう
人権擁護委員のイセのもとに、網走刑務所から、受刑者に話をしてほしいと
依頼がきた。イセは、北海道の道路をつくるために、たくさんの受刑者がい
のちを落としたことを知り、感謝する。そして、みずからの生い立ちを語る
と、受刑者たちは涙ながらにイセの話を聴いた。
134 135 136 137 138

★第19章★駆け抜ける日々
自民党道連の婦人部長に抜擢されたイセは、中央の政治家とのつながりもつ
くる。そんななか、夫・卓治と、孫の尋仁が次々に亡くなる。74歳で議員
引退後も、保育園創設、博物館「網走監獄」の理事長と活躍をつづける。阪
神淡路大震災のあとは、修学旅行の生徒たちを歓待もした。
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★第20章★一世紀を生きて(2016.12.22ぶんまで)
イセは、その数奇な運命が話題となり、メディアにとりあげられるように
なる。また、天童市への訪問も果たし、コウの墓に花をたむけ、親友みよ
しとも再会する。また、イセを主人公にした舞台が、天童でも上演される。
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いつもご愛読ありがとうございます

卓治の評判

社会的に活躍したひとのことは、やはり、なんだかんだ、記
録にも残り、ひとびとの記憶にも残っているから、情報は集
めやすい。

(それでも、わからないことはたくさんあるけれども)

けれども、その周辺のひとの記録となると、ほとんど残って
いないことが多い。

今回の「零(zero)に立つ」においては、イセさんの夫、卓治
がそうだ。

1919年〜1920年ころに出会い、亡くなる1962年まで、
イセと生活をともにした。

その卓治の記録は、馬喰組合の組合長をしていたことなど、
ごく一部しか残っていない。

ただ、一部の資料や、今回、取材をしてまわった範囲におい
ては、実はあまりかんばしい評判がないのだ。

とにかく、若いときから酒癖が悪い。

誰も明確に書いていないので、想像で書くけれども、おそら
くアルコール依存症の傾向があったのではないか。

樺太時代も、仕事ぶりについての評価は、あまりいいものが
ない。

鷹揚で、おおらかな性格、というのはまちがいないようだ。

街の名士の長男とあって、「ぼんぼん」であったことはたし
かだろう。

それゆえに、ちょっとしたことでくじける、こころの弱さをもっ
たひとではなかったか、と勝手に想像してしまう。

戦後は、年代はわからないが、脳卒中を起こし、後年は家で
静養する日々がつづいたようだ。

これも見かたによっては、若いころからの酒癖のツケがまわ
った、と言えなくもない。

と、さんざんに書いてしまったが、けれども、イセさん自身
は、卓治について批判的なことをまったく言っていない。

実情はわからないが、どの資料を見ても、あるいは取材を
していても、そういった話はひとつも聴かない。

むしろ、卓治が亡くなったことを、後年になっても、さびしく
想っている記録さえある。

だから、卓治本人がどんな人間であろうと、イセさんにとっ
ては、かけがえのない人生の伴侶であったことは、まちがい
ないのだ。

ひととひとのめぐりあいとは、そのようなものなのかもしれ
ない。

酒癖の悪い、ぼんぼん亭主だったからこそ、若いころのイ
セさんは、いっそうがんばったかもしれない。

何より、卓治が身請けをしてくれたからこそ、イセさんは、遊
廓を出ることができたのだから。

(イセさん自身が最初に背負った借金は、みずから返したよ
うだが、遊廓にいるあいだの、日々の生活費などによる借金
は残っていたらしい)

それだけで、イセさんは、一生ぶんの感謝を、卓治にたいし
て感じていたのかもしれない。

そして、卓治にとって、イセさんはどんな存在だったろう。

戦後直後、市議会議員になることを応援はしたものの、その
後、全国に名を知られる存在になるとは、想像もしていなか
ったろう。

議員時代のイセさんは、忙しかった。だから、卓治とゆっく
り過ごす時間も、充分にはとれなかったかもしれない。

イセさんが、自分から離れていくようなさびしさを、卓治は
感じてはいなかったか。

いや、そんなさびしさを感じさせぬよう、イセさんはふるま
ったかもしれないけれども…。

物語を書いていると、どうしても、イセさんにばかり光をあ
ててしまうけれども、すべてのひとびとの存在があってはじ
めて、そのひとの人生は成り立つ。

いま、卓治は、天国で、イセさんをとりもどしているのだろ
うか。

それとも、やはり、あちらでも、イセさんは飛び回ることに
忙しくて、おいてけぼりを食らっているだろうか。(笑)

いやいや、すべて解放されて、天国の酒を存分に飲みながら、
この物語を、にまにましながら、読んでいるかもしれない。

「イセ、おめえだら、死んでからも落ちつかねえなあ。たま
には、ここにすわって、一緒に酒でも飲むべ」

などと、つぶやきながら。…合掌。


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2016年12月23日

来週で、連載終了です★感想募集の予告

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
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今年5月23日から、平日連載で書きつづけてきた、物語版
「零(zero)に立つ」。

当初は、「岬を駈ける女」(山谷一郎)が、主要資料でした。

「あぐらばあちゃん」(佐々木悦)も、あわせて参考にさせて
いただきました。

「あぐらばあちゃん」は、北海道にわたるまでが中心で構成
され、「岬を駈ける女」は、選挙に初当選するところまでが
描かれています。

イセさんの半生記を描いた小説には、もう1作、「雪と風と
青い天」(金子きみ)もあります。

ただし、3作のなかでは、一番フィクションの要素が多いこ
とから、参考資料としてはふくめませんでした。

選挙初当選以降の記録については、「私のなかの歴史」(北
海道新聞連載。石原宏治)が、書きすすめる助けになりました。

また、天童市が2002年に開催した「天童が生んだ女性展」
の際に作成された資料集も、当時を知るひとたちの貴重な証
言が収録されており、おおいに参考にさせていただきました。

そしていよいよ、2014年以降の、自分自身が取材した記
録をふくめて、連載は、まとめの段階に入りました。

連載というと、あらかじめ書いたものを小分けにアップ…と
考えているかたも多いかと思いますが、

プロの小説家ではありませんので、そんなよゆうはありません。

毎朝、資料と首っぴきで、冷や汗たらたら、ようやく書き上
げているという感じです。(笑)

もともと、8月の山形公演を応援するつもりで、書きはじめ
た連載でした。

ですから、当初は、「岬を駈ける女」プラスαのところで終
わるつもりでいたので、もっと早くに終わるはずでした。

それがここまで書きつづけてしまった(笑)のは、ひとえに、
追いかければ追いかけるほど見えてくる、イセさんの魅力
のゆえ。

そして、「朝ドラよりおもしろい」「はまった」「毎朝の楽しみ
です」などと、感想をくださる読者のみなさんのおかげです。

実際、毎朝アップすると、2時間以内で、最新記事に60〜
80のアクセスが集まり、それだけのひとが読んでくださる
ということを、数字で示していただきました。

それがどれほどはげみになったかしれません。

けれども、その連載も、もうまもなく終わります。来週の、早
ければ水曜日、遅くとも金曜日には、「最終回」となる予定
です。

連載が終了しましたら、「感想募集」をおこないます。

ぜひぜひ、ご応募いただけたらうれしいです。

募集期間は、連載終了時〜2017年1月12日くらいを予定
しています。

連載終了の、その日か翌日に、詳細を告知いたします。

お正月休みに、投稿いただけるとうれしいです。

さあ、あと数回です! 最後まで冷や汗を書きながら、がん
ばります!(笑)


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