『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。
※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら
それにしても、イセの、土壇場での「はったり力(りょく)」とも
いうべき、押しの強さ。
あれは、20代、卓治と宗治とともにわたった樺太で、卓治
が消防団にからまれて、いのちを落としそうになったとき。
「柔道三段の中川イセだ。かかってこい」と言って、相手に
一目置かせた。
実は、あのときも、柔道はやってはいたが、まだ三段にはな
っていなかったのだ。
それより前、17歳のとき、自分を妊娠させた八重松に、
愛子を認知するようせまったとき。
「ことわれば、東京の新聞社の知り合いにたのんで、記事に
してもらう!」と言ったのも、やはり、はったり。
ここぞというときに繰り出される、「はったり力」は、その
つど、イセの人生を、窮地からすくってきたのだった。
自分のためではなく、誰かのためにと発したそれが、結果的
には、功を奏してきたのである。
さて、翌日である。
イセたちが、日本鋼管の応接室で緊張して待っていると、社
長とともに、5、6人のひとたちが、なかに入ってきた。
「役員のみなさんです。会議の結果をお伝えします」
社長は、役員たちを紹介し、イセたちに言った。
「みなさんの熱意に負けました。この仕事、日本鋼管が、引
き受けさせていただきます」
課長が、小躍りしそうな歓喜の表情で、イセたちを見た。
しかし、そのとたん、木下がぶるぶるとふるえだした。
契約成立はうれしいが、どうやって担保をはらおうか、その
ことを案じているのだ。
それは、イセとて同じ気持ちである。
イセは訊いた。
「あの、私たちの財産は、どうすればいいんですか?」
社長は、にこやかにこたえた。
「自治体との仕事に、個人の担保を入れることはありません
よ。いりません。あなたがたを信用して、網走市と仕事をさ
せていただきます」
その瞬間、三人とも起立して、社長と役員たちに、深々と頭
を下げた。
「ありがとうございます! 市民たちがどれほどよろこぶか
わかりません」
まさか、担保をはらわないですんでよかった、とは言えなか
ったが、うれしかったのは本心である。
こうして、2億5千万円をかけた、網走の水道敷設工事がは
じまった。
藻琴山8号目の湧水から、30キロ近く離れた網走まで、水
道管をとおす工事である。
工事は、2年の歳月をかけ、1954年(昭和29年)には
完成した。
清の忘れ形見、愛子の子ども、11歳になった尋仁が、水道
の蛇口をひねって、無色透明な水が出るのを見て、歓声をあ
げた。
「ばあちゃん! ばあちゃんの水だよ!」
それを見て、イセも目を細める。
自分が何をしたかは問題ではなかった。こうして、誰もが安
心しておいしい水を飲めることになったことが、何よりのよ
ろこびであった。
この水道事業を完成させたことで、イセの人気は、確固たる
ものとなった。
「イセばっちゃんが、からだを張って、日本鋼管と交渉して
くれたから、水道事業を引き受けてもらえた」
そんなうわさが、町じゅうをかけめぐったからである。
1955年。イセにとっては、3回目の網走市議会議員選挙。
ここで、イセは、堂々のトップ当選を果たすことになる。
いよいよ、今週末本番!
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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら
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「エゾスカシユリ」
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん