2016年11月21日

物語版「零(zero)に立つ」第17章 イセ、奔走す!(6)/通巻128話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


社長もおどろいたようだ。

「あなたがたは、自分の財産を、担保にするんですか?」

あわてる木下を無視して、イセはいきおいづいて言った。

「もちろんです。私らは、ただ、自分の生活を楽にしたいた
めに、ここにきてるんじゃない。
未来の子どもたちのために、きてるんです。

この先、ずっと不健康な水を、子どもたちに飲ませるわけに
はいかない。
そのためなら、何を投げ出したって惜しくはないです!」

社長はだまりこんでしまった。

かたわらで、ずっと成り行きを見守っていた課長が、感極ま
ったように、口をひらいた。

「社長! 私も長年この会社につとめさせていただいてきま
したが、こんなに真剣な想いをぶつけてこられた事業者は、
はじめてです。どうか、引き受けてやってください」

社長は、めんくらったように、課長にたずねた。

「君は、このひとたちと、以前から知り合いだったのかね?」

課長は、首を横に振った。

「とんでもない。今回がはじめてです。
しかし、私は、このかたがたの気持ちに、感動しました。
こういうかたがたとこそ、一緒に仕事がしたい。

もし、会社がこの仕事をことわるというなら、私は辞表を出
します!」

イセたちもおどろいた。

好意的に、社長まで話をつなげてくれた課長ではあったが、
そこまで自分たちに気持ちを寄せてくれるとは、思ってもみ
なかったからだ。

そして、そこまで言われた社長も、こころを動かされずには
いられなかったようだ。

「…わかりました。
とにかく、申し訳ないが、私の一存でおこたえすることはで
きない。今日、緊急の役員会議をひらきます。

私としても、できるかぎりの対応はしますが、決めるのは役
員会です。明日、もう一度、きてください」

イセたちは、顔を見合わせた。先行きはまだわからないが、
一歩前進したのは、たしかである。

「どうか、よろしくお願いします!」

3人で、深々と頭を下げて、社長室を辞したのであった。

さて。この話にはつづきがある。

旅館にもどったとたん、木下が、たまりかねたように、イセ
にかみついた。

「中川さん、あんたは、なんてことを言い出すんだ! 社長
の前でなかったら、張り倒していたところだ」

イセは、ばつが悪そうな顔で、こたえた。

「だって、ああでも言わなきゃ、門前払いだったじゃないで
すか」

「そういう問題じゃない! 
そもそも、あんたの牧場の150頭の馬っていうのも、まわ
りの農家からあずかったものが大半だろう。

おれのうちの土地だって、全部、ほかの担保に入ってるんだ」

そう。実は、イセが言った牧場の馬も、木下の土地の話も、
まったくのうそではないが、半分ははったりだったのだ。

イセは、こたえた。

「そりゃ、木下さんまで巻き添えにして、申し訳なかったと
は思いますよ。でもそのおかげで、役員会議までもっていけ
たじゃありませんか」

それを聴いた助役も、イセに食ってかかった。

「それで、わかった、やりましょうって言われたらどうする
んだ! どうやって担保を払うんだ!」

そう言われて、イセも困ってしまった。何しろ、なんとか話
をつなぎとめたい一心での、思いつきだったからだ。

「いや、わたすだって、ああもすんなり、話が通るとは思っ
てもみなかったから…」

「ばかか、あんたは!」

すんでのところで、つかみあいのけんかになりそうになった
が、そのとき、宿のものが、部屋にやってきて言った。

「お客さまがいらしておりますが」

出てみると、なんと、日本鋼管の、あの課長であった。

「な、何か、忘れものでも、ありましたか?」

課長は、真顔で首を振った。

「いえ、今日のお礼にきたんです。

私、長年この仕事をしてまいりましたが、私利私欲でなく、
ここまで本気で、地域の未来を考えて、お仕事をされている
かたがたに、はじめて出会いました。感動しました!

もし、この契約がかなわなかったときには、私は、本当に、
会社をやめます! 
そのときは、どうか、網走で私を使ってください!」

そう言って、深々と頭を下げたのだ。

思いがけない展開に、イセたちは、目を白黒させて、お互い
の顔を見た。

いよいよ、今週末本番!
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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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おもて面小.JPG うら面小.JPG

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小清水原生花園.jpg
「小清水原生花園」
写真提供/北海道無料写真素材集 DO PHOTOさん
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:21| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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