2016年11月18日

物語版「零(zero)に立つ」第17章 イセ、奔走す!(5)/通巻127話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


依頼書は出していたものの、正式な交渉受諾の返事をもらっ
ていたわけではない。

まずは、訪問して、面会を取り付けなければならない。

3人で、日本鋼管に通う日々がはじまった。

さいわい、事業部の課長には、わりとすんなりつないでもら
うことができた。

イセたちの熱意をこめたうったえに、課長はこころを動かさ
れたようだ。

「いや、お話はよくわかりました。そんな状態では、町のみ
なさんもお困りでしょう。私のほうから上のほうにつないで
みますから、何日かお待ちください」

3人はほっとして宿に帰った。

そして待つこと数日、課長から連絡が入った。

「社長が、会ってもよいということです!」

3人は、小躍りしてよろこんだ。とはいえ、まだ、工事をひき
うけてもらえたわけではない。

会社に出向き、南部助役と木下市議が事業企画書をひろ
げ、説明をする。

ひとしきり説明を終えたところで、するどい指摘が飛んだ。

「これでは、担保が足りませんな。概算で工事費は2億をく
だらないでしょう。それに見合う担保を出してください」

言われることは予想していた。

「そこを、なんとかお願いしたくて、まいったのです。我が市
としても、これが限界なものですから」

頭を下げるが、聴きいれてはもらえない。

「うちも道楽で会社をやっているわけではありませんからね」

2人のそばで、だまって聴いていたイセが、口をはさんだ。

「失礼ながら、私どもが、日本鋼管さんに工事をお願いした
いと思ったのは、日本鋼管さんが、国民のために仕事をなさ
る、立派な会社だと思ったからです」

社長は、おどろいた顔をして、イセを見た。

「これまでだって、全国で、地域の活性化につながるような
仕事を、たくさんなしとげてこられたではないですか。

それなのに、北海道の東の果てで、一所懸命生きているひと
たちのためには、ちからを貸してくださらないのですか。

きれいでおいしい水が飲めるということは、町のひとたちに
とっては、いのちにかかわることなんです!」

助役と木下は、あわてて、イセの袖を引っ張ったが、イセは
ふりかえりもせず、まっすぐに社長を見据えたままだ。

社長は、イセのことばにこころを動かされたようだ。

「いや、たしかに、私どもは創業当初から、国家の繁栄と、
国民のみなさんの幸福につながる事業を理念にかかげて、
さまざまな事業を推進してきました。

けっして、私益のみをもとめてきたわけではありません」

「そんなら、おわかりいただけるでしょう。

いま、網走の市民は、その日の飲み水を確保するために、
毎日、ひとの家の前に、行列をつくって水をもらわらなけ
ればならないような状況に、おかれているんです。

この苦しい状況を、助けてはくださらないのですか」

イセは、さらに詰め寄った。

社長は、うっと息をのんだが、少しの沈黙ののち、申しわけ
なさそうな顔でこたえた。

「お気持ちはわかりました。しかし、そうはいっても、担保の
とれない仕事を、はいそうですかと引き受けることはできない
んですよ。会社は、私ひとりのものではありませんから」

こうして、話は、振り出しに戻ってしまった。

助役と木下は、やっぱりだめかというように、そっと顔を見
合わせた。

かたわらで、やりとりを聴いていた課長も、気の毒そうに、
イセたちを見ている。

しかし、イセは、引き下がろうとしなかった。

さらに一歩、社長に詰め寄ると、こう言い放った。

「わかりました。そんでは、うちの牧場を担保に入れます。
うちは、300uのでっかい牧場に、馬を150頭飼ってま
す。それ全部、担保にしてください。それで足りなければ…」

イセは、ちらっと木下を見た。

「ここにいる、木下の土地も入れます。木下は、網走に土地
をいっぱいもってます。それもあわせて担保に入れる。それ
でもまだ足りないですか!」

その瞬間、木下の顔色が変わり、目がおよいだ。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
1200円+送料200円=1400円 ※2冊以上でも、送料は据え置き200円
詳細は、こちら
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「ジャガイモの花」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 05:08| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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