2016年11月03日

物語版「零(zero)に立つ」第15章 米軍上陸?!(4)/通巻116話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


誰も、イセの考えに、反論できなかった。

そんな途方もない考えが、うまくいくのかどうかもわからな
かったが、別の案を思いつけるものもいなかったのである。

ようやく、町長夫人が口をひらいた。

「イセさん、あなたの考えはわかったわ。あなたこそ、皇国
の婦人の誇りです。
能取の家からでは、藻琴や北浜に駆けつけるのには遠す
ぎるでしょう。この家を、拠点として使ってください」

みなが、おどろきながらも、ほっとしたように、町長夫人を
見た。誰からともなく、自然に拍手がわいた。

「ありがとうございます。では、いったん家にもどって、し
たくをしてきます」

イセは、一礼して、その場を辞した。

イセは、その足で、能取の牧場にもどった。そして、卓治
に、この話を打ち明けた。

卓治は、こころのなかでうなった。

イセと出会って、もう25年になる。これまで、どれだけの
苦難を、ともに乗りこえてきただろう。

いつも、最後の決断をするのは、イセだった。

どんなときも、だめだとた無理だとかあきらめずに、超える
ためにはどうすればいいかを考えてきたのは、イセだった。

いったん言い出したら、てこでも引かないのも、イセだった。

卓治は、考えた。

イセに万が一のことがあったとき、うしなうものはあまりに
も大きい。

戦争景気や、軍馬の購買のおかげで、思いがけずかなり
の額の借金を返せてはきたが、まだすべてを返せたわけ
ではない。

清をうしない、おさない子どもを育てている愛子のことも気
がかりだ。

いや、何よりも、自分とイセには、これからの人生が残って
いるはずではないか。

しかし、どのみち、止めても聴くイセではない。そのことは、
当の卓治が誰よりもよく知っている。

「わかった」

卓治は、ひとこと言って、奥の座敷に引っ込んだ。

ほどなくしてもどってきた卓治の手には、ひとふりの日本刀
がにぎられていた。

「イセ、これをもっていけや。普通の女には使いこなせない
だろうが、おまえなら大丈夫だろう。これを使え」

「あんた…」

手わたされた日本刀は、ずっしりと重かった。

その重さを感じながら、イセは、胸の内が熱くなるのを感じた。

卓治が、賛成するはずがないことはわかっていた。どんなこ
とをしても、説得するつもりであった。

けれども、卓治は、何もかもすべてわかって、それでもこの
無茶な提案を、受け入れてくれたのだ。

イセは、ともに過ごしてきた、25年の月日を思った。このひ
とと一緒になって、まちがいではなかったと思った。

「ありがとう。だけど、宗治や愛子には、このことは内緒に
して。婦人会のお役目で、出かけているって」

「わかった」

一刻の猶予もなかった。米軍は、今夜にも上陸してくるとい
ううわさが、立っているのである。

卓治は、牧場に残っている馬のなかから、一番足の速いも
のを選びだし、イセを乗せた。

「ありがとう。じゃあ、行ってくるわ」

「おう」

イセは、馬の背に飛び乗り、たづなを引いた。

馬がいきおいよく走り出す。

イセがでかけていくのを見て、何も知らない宗治と愛子が、
牧舎から手を振った。

イセも、手を振り返して、さらに速度をあげた。

走らせていると、オホーツクの海岸線が視界に入った。

夏の日差しを受けて、美しくきらきらと輝いている。いまの
ところ、そのどこにも、軍艦の姿は見えない。

そのことに少し安堵して、イセはひたすら、馬を飛ばした。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「網走レイクビュースキー場」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:40| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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