2016年11月02日

物語版「零(zero)に立つ」第15章 米軍上陸?!(3)/通巻115話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


イセもまた、真剣な顔で、みなを見回した。そして、もう
一度言った。

「逃げましょう。生き延びることを考えるんです!」

町長夫人が、するどく叫んだ。

「イセさん、なんてことを言うんです。非国民として、つ
かまりますよ!」 

しかし、イセはひるまなかった。もう一度、みなの顔を見
回すと、語気を強めて言った。

「みなさん、聴いてください。わたすは、生き残ることは
卑怯ではないと想います。死んでしまったらおしまいなん
です!」

また別のひとりが、叫んだ。

「口をつつしみなさい! 兵隊さんたちは、いのちをかけ
て、この国を守っておられるんです。死んでしまったらお
しまいなんて…、そんな言いかたは…」

イセは、きっぱりと首を横に振った。

「兵隊さんを侮辱するつもりはありません。
だけど、こんな地方のちいさな町まで、戦闘機がやってき
ているんです。先ほど、町長夫人がおっしゃったとおり、
いつ米軍が上陸しても、おかしくない状態です」

そのことばに、みなが、顔を引きつらせる。

「このまま、全員、やられてしまったら、この先の日本が
なくなってしまいます。だから、生き延びるんです。私た
ちは、女子どもが助かる方法を考えましょう!」

たしかに、イセの言うとおりだった。

仮に竹槍をもってたたかったところで、万にひとつも勝て
ないことはわかりきっている。

自分たちはともかく、自分たちの子どもや孫のいのちまで、
むだにしていいはずがない。

軍部の前ではけっして言えない想いではあったが、みなの
こころは、次第に揺り動かされていった。

「だけど、どうやって…」
「いったん上陸されたら、逃げられない」
「逃げたとしても、きっとつかまる…」

次々と、不安の声があがる。

イセは、そんな声を打ち消すように、言った。

「わたすが、おとりになります!」

みなが、えっという顔で、イセを見た。

「海岸線を見ながら、ずっと考えていたんです。
米軍が上陸するとしたら、能取岬のような断崖ではなく、
藻琴とか北浜とか、海と陸の段差のないところだと」

たしかに、トーチカもそのあたりに建てられている。

「米軍が上陸したら、見張りが見つけて、すぐに放送が入
るでしょう。そしたら、わたすは腰巻一枚の裸で馬に乗っ
て、日本刀を振りかざして、海岸線を走ります!」

イセの突拍子もないことばに、みなは、あっけにとられた。

「イセさん! 何を言い出すの! 頭がおかしくなった
んじゃないの!」

そんなことを叫ぶものさえいたほどだ。だが、イセは、み
じんも気後れするふうはない。

「そうして、大声で叫んで、兵隊たちを引きつけます。
アメリカ人は好奇心が強いといいます。わたすの姿を見た
ら、おかしな女だと想って、つかまえようとするでしょう。
そのすきに、みなさんは、逃げてください!」

イセの真意はそこにあったのか。
反論しかけていたものも、思わず口をつぐんだ。

イセはつづけた。

「この身ひとつ投げ出すことで、ひとりでも多くの命が救
えるんであれば、走って走って走り回ります。
たとえその場で殺されても本望です。
わたすはみなさんにいのちを落としてほしくない。
生き延びてほしいんです!」

言い切って、イセは、ふたたびみなを見回した。

気迫に押され、みなは沈黙したまま、イセを見つめた。
町長夫人が、かすれた声で、ようやく言った。

「イセさん、あなた、なぜそこまでして…」

イセも、言うべきことを言い切って、ほっとしたのか、
声の調子をいくぶんやわらげて、言った。

「わたすは、山形県に生まれて、2歳になる前に母親を亡
くして、17のときに、この網走にわたってきて、遊郭の
女として働きました。
いまは結婚して、子どもや孫と一緒に、幸せに暮らしてい
ます。
これもすべて、わたすのような者を、網走のみなさんが、
温かく迎えいれてくれたおかげだと想っています。
どうか、わだしの考えどおりにさせてください。
みなさんに恩返しをさせてください!」

「イセさん…」

婦人会の幹部のなかには、イセが遊廓の出身であることを
知って、こころよく想っていなかったものたちもいた。

けれども、その誰もが、ことばをうしなって、イセの話を
聴いていた。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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「零(zero)に立つ」第1巻
イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「網走レイクビュースキー場」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 03:58| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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