2016年10月31日

物語版「零(zero)に立つ」第15章 米軍上陸?!(1)/通巻113話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
『零(zero)に立つ〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』
※この作品は、もともと、女優・夢実子が演ずる語り劇として書かれたものを、
 脚本を担当したかめおかゆみこがノベライズしているものです。

※これまでのあらすじと、バックナンバーは、こちら


1941年暮れに開戦したのち、勝っていたのは最初のうちだ
けで、翌1942年夏には、もう連戦連敗におちいっていた。

国民のほとんどは、そんなことは知る由もなく、ただただ、「御
国のために」と、御旗をふり、家族を戦場に送り出したのだ。

1944年になると、網走でも、米軍上陸にそなえて、海岸線を
中心に、各地に、トーチカ(コンクリート製の防御陣地)が掘ら
れた。

それとて、男手はほとんどなくなっていたから、女や老人たちが
かりだされた。

1945年に入ると、海から離れた場所に、疎開をはじめるひと
もあらわれた。

そのころになると、おおっぴらには言わないものの、軍関係者を
中心に、日本の敗戦を予想するものは少なくなかった。

あるとき、出入りしていた陸軍師団に立ち寄った折、イセは、顔
見知りの将校に呼び止められた。

「これ、もっていきなさい。…勝てない戦争だから、死ぬときは
きれいにだよ」

小声で、ちいさな包みを、そっとわたされた。

その場ではたずねていけないような気がして、帰宅して開けてみ
ると、薬包紙のなかに、少量の白い粉末が入っていた。

(青酸カリだ…)

イセは直感した。

背筋がぞくっとしたが、そのまま、たんすの奥にしまい、誰にも
見せなかった。

愛馬婦人会の会長として、「外事軍曹」とまで言われていたイセ
である。

(女であっても、戦犯になるかもしれないな…)

あらためて、そう覚悟せざるを得なかった。

1945年7月14日・15日。米軍は、13機の航空母艦を引き
連れて、北海道にやってきた。

そこから、3000機の戦闘機を、北海道全土に飛ばした。

根室では、全家屋のうち7割が焼失。死者369名。
釧路でも、1618戸が焼失。死者192名。
室蘭は、2日間にわたる艦砲射撃で、436名が死亡。
函館では、すべての青函連絡船が損壊。死者350名。

計70の市町村で、2000名近い死者が出た。

網走も例外ではなく、15日の早朝、4機の戦闘機の襲来に
より、機銃掃射を受け、14名が死亡した。

それにより、町は、上を下への大混乱となった。

「米軍が、いまにも、浜から上陸してくるぞ!」
「男は奴隷にされて、こき使われるって!」
「女は襲われないように、顔を汚してかくれろ!」

流言蜚語がとびかい、誰もが冷静さをうしなった。

しかも、頼りとなるべき兵隊たちは、隊ごと、いつのまにか
どこかに移動してしまっていた。、

生まれたばかりの、愛子の赤ん坊が、火のついたように泣く。

「母さん、どうしよう。どうしたらいいの?」

「落ち着くんだ。絶対に、おまえは、赤ん坊を守るんだよ。
大丈夫。おまえたちに指一本だってふれさせるもんか」

イセのことばに、愛子青ざめたまま、うなずく。

町に、ようすを確認するために出ていた卓治が、やせ馬に鞭
打って、もどってきた。

「イセ、招集だ。国防婦人会、愛馬婦人会の幹部は、町長の
公宅に集まれと! 俺は、これから、組合員の状況を確認し
に、もう一度まわってくる!」

いつもはおだやかな表情を絶やさない卓治も、このときばか
りは、こわばった顔つきだ。

「わかった! 宗治! 愛子! 留守宅を頼んだよ!」

イセも、軍馬として徴用されずに残った馬に飛び乗り、町
長公宅に向かった。

町のそこかしこに、きなくさい匂いがたちこめていた。

イセは、たずなをしっかりとにぎり直すと、さらに馬の速度
をあげた。


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札幌★夢実子 語り劇「掌編・中川イセの物語」
ほか
日時/2016年11月26日(土)10時〜16時45分
会場/ちえりあ演劇スタジオ1
(地下鉄東西線宮の沢駅約5分)
詳細/こちら 
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イセさんの誕生〜北海道に渡るまで。波瀾万丈の人生の幕開けです!
 
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網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「海釣り」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供

posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 04:19| Comment(0) | 物語版「零(zero)に立つ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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