2016年07月31日

感想をいただきました!/語り劇「零(zero)に立つ」を応援してくださるみなさん・第6弾

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
    

本日、公演27日前!

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!


脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 46 47 
48 49
※これまでのあらすじは、こちら


フェイスブックにて、感想をいただきました!
今週は、感想が多くて、めっちゃうれしいです!

そして、このブログのアクセスも、過去最高なのです!!(感涙)

毎回、楽しみに読んでますよ!     (「よこもこ」さん)

イセさんの生き方って、かなりカッコイイ!って思った。大好きな
こんちゃん(=夢実子さん)の語りを聞いていて引き込まれた。
そして、勇気が湧いてきたよ。

今の私何%で生きてる? まだまだ行こうよ。せっかく与えられた
命なんだから! そう思った。

演じているこんちゃんが、イセさんだかこんちゃんだか一瞬わか
らなくなったけど、その舞台のこんちゃんもすごくカッコよかった。

自分の使命に生懸命一取り組む姿に接することが出来て感謝だ
し、山形にこんなに素敵な女優さんがいることは、私たち誇りだ
と思っています。みんなで応援したいですね。

8月27日、シベールアリーナ公演、ありますよ。ご一緒しまし
ょう〜!   
            (「鈴木ゆかり」さん)

今日から仕事の夏休みです。朝から、あまり読めてなかった中川
イセさんの物語を、10話位から、途中でやめられなくなって、
最新ページまで読みました。

まさに波乱万丈! 強い意志をもって運命をきりひらいていかれ
る姿、感動します。それでも、うまくいかないこともあったのです
ね。過去を悔やまず前だけを見ていく、見習いたいと思いました。   

【第2信】
すばらしい物語を、教えていただいて、本当にありがとうございます。
あまりにも波乱万丈で、これが実話なのだとびっくりしますが、こ
んな風に生きていくことができるのだと、とってもとっても励まさ
れます。
すごい方ですね! 物凄く励まされます。
(「豊高 明枝」さん)

最果ての地の光景と、イセさんの五感まで伝わるような文章ですね。
                    (「Nobuko Yoshimoto」さん)

感想を寄せていただいたみなさまに、こころから感謝!!


そして、恒例、語り劇「零(zero)に立つ」を応援してくださる
みなさんのご紹介、第6弾です!


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bR6
カイロプラテック設楽整体院
院長 設楽美保子さま
036設楽美保子_n.jpg
チケットあずかっていただいてます


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bR7
AISOHO企業組合
代表理事 菅野美奈子さん
シベールアリーナ公演実行委員会・事務局長
037菅野美奈子_n.jpg
チケットおあずかりしています


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bR8
潟Cツキ 代表取締役社長
早坂幸起さま
038早坂幸起_n.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bR9
左から、奥村まゆみさま、奥村亘さま
伊藤忠夫さま、味工房すずの石堂幸子さま
039奥村まゆみほか_n.jpg


いつも、本当にありがとうございます!
みなさまの応援にこたえることができるよう、精一杯がんばります!


網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
0731077.jpg
「冬の網走川河岸」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
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2016年07月30日

これまでのあらすじ/消えた線路

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演28日前!

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
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脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 46 47 
48 49


★第1章★ いせよ誕生
明治34年(1901年)、今野安蔵・サダの娘、いせよ(のちの中川イセ)
誕生。サダは、産後の肥立ちが悪く、死を予感。ヤクザものの安蔵にあとを
託すことを怖れ、佐藤コウに里親を頼むと、その年のうちに亡くなった。

★第2章★ 差別と貧しさのなかで
イセは佐藤家の里子になった。佐藤家は貧しく、イセはまわりからいじめられ
たり、差別を受けたりするが、コウの愛情、親友・渡辺みよしの存在、自身の
負けず嫌いの性格で、それらをはね返して成長していく。

★第3章★ はじめての家出
10歳で突然、実家に連れもどされイセは、学校にも行けず、一日中、仕事
に明け暮れる日々。11歳の夏、モヨとの口論から、ついに初めての家出。
山形の船山先生夫妻の家で住み込みの女中をし、かわいがられるも、翌春、
船山先生に満州への転勤辞令が出て、再び実家にもどることになる。

★第4章★ イセの初恋
またまた家出し、米沢の寮づきの織物工場ではたらく。仲間もできて楽し
い日々。そんな中、隣に住む名家の次男坊・戸田茂雄との初恋も体験。し
かし、安蔵にイセの居場所を知られたことで、イセは実家に帰ることに…。

★第5章★ 女優志願
実家にいる間、地域巡演で山形にきた松井須磨子(実はにせもの)にあこが
れ、家出して上京する。しかし、たずねた帝国劇場に須磨子はおらず、い
くつかの仕事を転々とするが、結局あきらめて山形にもどることになる。

★第6章★ 運命の歯車
人絹工場、機織り工場などではたらくうち、かつて実家に出入りしていた
芸人・八重松と再会。乱暴されて子どもを身ごもり、17歳で娘・愛子を
出産。その後、北海道の遊廓への話をもちかけられ、悩んだ末、イセは3
年で500円の借金をし、そのお金で愛子を里子に出すことにする。

★第7章★ 網走まで(2016.7.29まで)
大正7年暮れ、北海道に向かって、イセは旅立った。ところが道中、イセ
は虫垂炎から腹膜炎をおこし、到着した旭川で即入院。そのために借金
が倍の1000円となり、網走の遊廓に売られることに。大正8年3月、
網走に着き、北の果てを実感。駅前の島田待合(食堂)で、食事をとる。



いま、北海道地図を見ると、旭川から網走まで行こうとすると、石
北峠を超えて、遠軽・北見をとおる、石北(せきほく)本線が目に入
るだろう。

北海道鉄道路線図.JPG
出典はこちら

しかし、石北本線の開業は、1912年(明治45年)だが、全通
は1932年(昭和7年)。かなりの難工事だったことが想像される。

イセが、網走に行くことになった1919年(大正8年)には、終
着駅である網走までは、まだつながっていないのだ。

だから、イセは、別のルートをとおって網走へ向かったはずだ。

当時、旭川から帯広を経由して、北見までつながる、「池北線」
(ちほくせん)という線路があった。

おそらく、それで網走の手前の北見まで行き、北見から網走まで
は、のちに石北本線に組み込まれることになる、「網走本線」に
乗り換えたと見るべきだろう。

その池北線は、国鉄赤字線廃止の影響を受けて、1987年(昭
和62年)、民営化に移行。「北海道ちほく高原鉄道」となるが、そ
れも2006年には廃止となった。

だから、いま、北海道地図を見ても、「池北線」の文字も、その路
線も見ることはできない。

昨年、この脚本を書いていたときに、イセたちはどのルートをたど
って網走まで行ったのだろうと話題になった。

そのなかで、「根室(ねむろ)本線」を使ったのではないか、という
意見が出た。

いったん、帯広から太平洋がわまでおりて、釧路(くしろ)を経由
して北上するラインである。

たしかに、現在の路線図を見ると、石北本線が未通なら、旭川〜
滝川〜帯広〜釧路と、「根室本線」を使い、釧路から網走までの、
釧網(せんもう)本線を使うしかないように見えるのである。

けれども、北海道に居住していた人間としては、1970年代から
はじまった、国鉄赤字線の容赦ない廃止のことを、こころから消す
ことができない。

石北本線と根室本線のあいだを、縫うようなかたちで走っていた、
池北線も、その例外ではなかった。いや、北海道は、ごくかぎられ
た主要路線をのぞいて、徹底的に廃止の洗礼を浴びたのだ。

もちろん、採算を考えればしかたのないことだろう。しかし、だから
といって、無念の想いが消えるわけではない。

当時、私は、オホーツク海沿岸の町に住み、しばしば、湧別(ゆう
べつ)から網走までを結ぶ、「湧網(ゆうもう)線」を利用した。

この90キロにおよぶ海岸線を走る単線は、その途中に、四つの
湖を有し、海のすぐそばを通るため、海のなかを進む汽車のよう
な錯覚をおぼえるほど、美しい路線だった。

だが、それも、赤字のひとことの前に、甲斐なく消えてしまった。

私はこの線路のことを忘れないために、廃線になる前夜の駅舎を
舞台にした、「忘れものをどうぞ」という作品を書いた。(いまでも
時折、中学校で上演されることがある)

北海道の線路をつくるのに、どれだけの人力が投入され、どれだけ
の時間がかかり、どれだけの人命がうしなわれたか。

「赤字」を理由に廃止を断行したひとたちは、どれだけ、その、うし
なわれたひとたちにたいして、敬意をはらっただろうか。

今回はたまたま、「池北線」の話題だったけれど、地図から消えた
線路を思うとき、そんな気持ちがこみあげてきてならないのである。


ぜひ、感想をお聴かせください
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2016年07月29日

物語版「零(zero)に立つ」第7章 網走まで(5)/通巻49話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演29日前!

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!
動画、予告編は、こちら

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
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脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 46 47 
48 
※これまでのあらすじは、こちら


「あばしりー、あばしりー」

汽笛を鳴らして、息を吐くように、汽車がゆっくりと止まると、
ホームで待っていた車掌が、語尾を長く伸ばして、駅名を告げる。

当時の網走駅は、いまよりももっと、網走川の河口の近くにあった。

汽車から降り立つと、海からの風が吹きつけてきて、イセは思わ
ず、上着のえりをあわせた。

「あの向こうが、もう、オホーツク海だ。今年はもう、氷は行っ
ちまったから、ないけどな」

「氷?」

「流氷だよ。たいていは、年末か年のはじめには、海の向こうか
ら姿を見せる。水平線が真っ白けになってな。それがずんずん
押し寄せてきて、あの海ぜーんぶが、真っ白になっちまうんだ」

「海が凍ってしまうの?」

「全部は凍らないさ。でっかい氷と氷がぎゅっとくっついてな、
まあ、ふたをしたみたいになるだけだ。風が吹くと、ギシーッ、
ギシーッと鳴るんだよ」

あの広い海が、真っ白になる? 

さっき、網走湖の結氷におどろかされたばかりだが、さらにスケ
ールがおおきい。とても想像もつかない光景だった。

(遠くにきたんだ。本当に北の果てまできたんだ…)

自然にそんな想いがわいてきた。

「さっ、突っ立ってないで、行くぞ。海はすぐ近くだから、いつで
も行ける」

改札を出ると、駅前に、待合食堂があった。とたんに、イセのお
なかが、ぐるる…と鳴った。

番頭は、もう、自分の役目はほとんど終わりという気楽さからか、
その音を聴いて、ゆかいそうに笑った。

「腹 、すいたのか。よし、じゃあ、そこで飯でも食っていくか」

「島田待合」と書かれたのれんをくぐって、なかに入る。

「いらっしゃい!」

体格のいい、ひとのよさそうな男が、厨房からおおきな声を出し
た。この店の主人であろう。

「いらっしゃいませ」

つづいて、その横にいた、おかみさんとおぼしき女が、頭を下げた。

「熱い茶をくれ」

番頭は言って、ストーブのそばの席に、どかっとすわった。イセ
も、そのあとにつづいて、すわる。

「なんか、あったまるもんはないかね」

「にしんそばなんかどうです?」

「ああ、いいな。それ、ふたつ」

にしんそばとは、かけそばにニシンの甘露煮をのせたものである。

江戸時代から、北海道はにしん漁がさかんだった。

冷凍・冷蔵技術が未発達だった当時、乾燥させたにしんは、「身
欠きにしん」と呼ばれて重宝された。

「うんまいぞ」

やがて、さしだされた丼に、また、イセのおなかが、ぎゅるる…と
鳴った。


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2016年07月28日

物語版「零(zero)に立つ」第7章 網走まで(4)/通巻48話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演30日前!

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!
動画、予告編は、こちら


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
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脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 46 47 
※これまでのあらすじは、こちら


「旭川」という地名は、山形にいるときに聴かされていたから、
事前に調べることができた。

けれども、網走というのは、はじめて聴く地名で、一体どこに
あるかもわからない。

「北海道の東。知床半島のつけ根近く。オホーツク海沿いの村」
と聴かされても、やはりぴんとこないのだ。

あばしり地図.JPG
出典はこちら

ちなみに、知床半島のつけ根などというと、うっそうとした原始林
で、ひとは住めない、という印象がありそうだが、この地域は、2
万年前には、すでにひとびとの居住があった。

樺太や千島列島から移住してきた北方民族〜ウィルタやギリヤ
ークなど〜であり、アイヌのひとびともまた先住者であった。

大和民族、いわゆる「和人」が、北海道の歴史上にその存在を
見せるのは、18世紀くらいからである。

1872年(明治5年)、「蝦夷地」が「北海道」と呼ばれるように
なり、「北見国網走郡」の呼称が定まり、アバシリ村となる。…と、
上記の史料にはある。

もともとは、数十戸の漁師たちが居住するだけの寒村だったが、
1880年(明治13年)に、「網走郡役所」が開庁してから、
人口がふえだした。

1890年(明治23年)には、「釧路監獄署網走囚徒外役所」
(網走刑務所の前身)が開設。

翌1891年(明治24年)、のちに「北海道集治監網走分監」と
なる、「釧路集治監網走分監」設置。

のちに高倉健主演の映画などで、一躍有名になり、全国にその
名を知られることになる「網走監獄」である。

1897年(明治30年)には、網走支庁が設置され、着実に、
網走の人口はふえつづけていた。

遊廓の歴史も、こうした集落の人口の増加と無縁ではない。

大正時代になると、すでに、北海道のあちこちの町村に、遊廓
はつくられていたのだ。

ともかくも、大正8年の3月下旬、そんな未知の土地に、イセ
はおもむくことになった。

迎えにきたのは、「金松楼」の番頭と名乗る男だった。「金松
楼」とは、イセが入ることになっている遊廓の名前である。

旭川から網走までは、約14時間。病み上がりの身には、けっ
して楽ではない旅である。

汽車は、まっすぐな北の大地をつらぬいて走る。その両側には、
どこまでも森がつづいている。

野山は、まだこんもりとした雪におおわれ、こんなところに、
ひとが住めるのかと、心細く感じる。

やがて、急に視界が開けると、木々の向こうに、すっぽりと
白い平原が見えてきた。イセは思わず身を乗り出した。

「もうまもなく着くぞ。いま見ているところはな、雪かぶってる
けど、下は氷。網走湖だ。冬はみーんな結氷しちまうから、
地面かと思っちまうだろ」

まもなく到着とあって、気持ちがゆるんだのか。番頭と名乗っ
た男は、気さくな声をイセにかけてきた。

イセは、びっくりして、汽車の窓に顔を寄せて、景色をなが
めた。広大な北海道だけあって、湖もおおきい。

ちなみに、網走湖は周囲が39キロメートル。日本の湖のな
かでは、16番目のおおきさである。

「ここは、うんまいしじみがとれるんだ。水が冷たいぶん、
こぶりだが、身が引き締まってるからな」

番頭の話はつづく。

山形は内陸で、新鮮な魚介類など、食べる機会はめったに
ない。病み上がりとはいえ、もともと食欲旺盛のイセのこと、
思わず、おなかが、きゅるっと鳴りそうになった。

汽車は、カーブを曲がると、最後の直線コースに入り、ゆっ
くりと、網走駅へと入っていった。


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2016年07月27日

物語版「零(zero)に立つ」第7章 網走まで(3)/通巻47話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


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山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
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がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 46 
※これまでのあらすじは、こちら


きつい消毒液の匂いに、イセは、意識をとりもどした。目を
開けると、しみだらけの、古びた天井が、目に入った。

そこは、病院のベッドの上だった。

イセは、虫垂炎をこじらせ、腹膜炎になっていたのである。

旭川で、イセが入るはずになっていた遊廓の楼主は、
「五百円の大金はらったのに、稼ぎもしないうちに病院とは、
どういうことだ!」と毒づいた。

しかし、それこそ死んでしまっては、元も子もない。しぶしぶ、
入院することを許可したようだ。

イセの病状は、思った以上に重かった。

「からだが頑丈だから助かった。並の娘なら、死んでもおかし
くない」と、医者がおどろいたそうだ。

入院中、遊廓からは、日に二度、食事が届けられたが、イセは
ひと目見て、顔をしかめた。

明らかに、誰かが箸をつけたあとや、かじった痕跡があるので
ある。おそらく、客に出したお膳の残りなのであろう。

イセは、みじめさに身震いしたが、生きるためには食べなけれ
ばならなかった。

何より、病状が重く、さしものイセも、このときばかりは、抵抗
する気力も体力もなく、そんな食事であっても、手をつけるより
ほか、なかったのである。

結局、入院は三か月近くにおよんだ。

はじめての北海道の冬を、イセは、病院のベッドのうえで過ご
したことになる。

三月。まだ雪は深かったが、日差しは少しずつやわらぎはじめ
ていた。

ようやく退院してきたイセに、楼主はにべもなく言った。

「入院費で、あんたの借金は千円になったよ。ここでなく、網走
に行ってはたらいてもらうことにしたから」

イセの意思を確認する気などさらさらない。まるで、ものと同じ
ように、イセは、自分のあずかり知らぬところで、売り買いされ
たのである。

病気で弱っていたイセであるが、生来の負けん気が、ここでむく
むくと頭をもたげてきた。

「なして、三か月で、借金が二倍にもなるんだ! しかも、あん
な、残飯食わせておいて!」

イセは、「入院費の領収書を見せろ」とせまったが、楼主はまる
でとりあわない。

憤懣やるかたなく、イセは、駅前の駐在所に飛びこんで、わけを
話した。が、ここでも、警官の返事はつれなかった。

「どのみち借金は返さなければならんのだろう。踏み倒せば、監
獄行きだ。それだったら、言われたとおりに網走に行って、そこ
で、いいだんな見つけて身請けしてもらうほうが、ずっとましだ
ろう」

大正8年。いまから約100年前の、女性にたいする人権意識な
ど、こんな程度だったのである。

イセは愕然とし、この運命からは逃げられないのだとさとった。

「落ちるところまで落ちたら、あとは這い上がればいい」と、覚
悟してきた北海道ではあったが、その底は、どこまでも深いので
あった。


ぜひ、感想をお聴かせください
物語版「零(zero)に立つ」の感想を、ぜひお寄せください。
日曜日のブログにて、紹介させていただきます。
ブログのコメント欄にお書きいただくか、
こちらまで、メールでお寄せいただければ幸いです。

その際、掲載してよいお名前を教えてください。(匿名・イニシャル可)
また、ブログ等をおもちのかたは、URLも、よかったらお知らせください。
あわせて、ご紹介させていただきます。


網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「冬の網走港」 
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2016年07月26日

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演32日前!

動画、予告編は、こちら

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」公演サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

あと1か月ちょっとにせまった、語り劇「零(zero)に立つ〜激動の
一世紀を生き抜いた中川イセの物語」の進捗状況のご報告です。

シベールアリーナ劇場での公演まであと33日となった昨夜。

「零(zero)に立つ」実行委員長、副委員長、事務局長と夢実子
さんの4人で、「作戦会議」がおこなわれました。

その結果を、今朝、かめおかにも報告していただいたのですが、

そこから、夢実子さんとふたりで考えて、下記のような文章を、
このブログにアップしようということになりました。

よかったら、ぜひお読みください。


中川イセさんの「あきらめない精神」は、本当にすばらしいです。

将来を不安に思う10代の子が、
「こんなひとにはじめて会った」と、未来への夢がふくらむのです。

人生の曲がり角で立ち止まっていたひとが、
「もう一度やってみよう」と、生きる勇気が湧いてくるのです。

挫折感に、うつむいていたひとが、
「まだまだやれるはず」と、立ち上がる元気が出てくるのです。

70歳、80歳になったひとが、
「もっとしっかり生きよう」と、前向きな気持ちになるのです。

(何しろ、イセさんは103歳まで、現役でしたから!)

何よりも、イセさんをとおして、
「誰もが、やればできるんだ」と、力づよいはげましをもらえる、

そんな舞台を、私たちはつくっています。


これを読んでくださっています、あなたさまに、お願いです。

この想いを、ひとりでも多くのひとに届けるために、
おちからを貸していただけませんか?

ブログ、フェイスブックなどで、「零(zero)に立つ」関連の
記事をご覧いただき、「いいな」と感じていただけましたら、
シェアしていただきたいのです。

ひとこと添えていただけましたら、さらに、ありがたいです。


私たちは、大手の劇団とかプロダクションなどと違って、
広告をどんどんだせるような予算を持ち合わせておりません。

公演サポーターさんやボランティアスタッフさんに
尽力していただきながら、”草の根”告知をやっています。

そして、公演一か月前のいま、もうひとまわり、広く、
おおきく伝えていく方法はないかと真剣に考えました。

もちろん、マスコミ関係者さんの取材依頼なども
継続しておこなっていきますが、

何よりも、お一人おひとりのおちから添えが、
一番のちからになるのではないか、という結論になり

このようなお願いをさせていただいています。

イセさんの「あきらめない精神」を伝えたい!

想いは、これに尽きます。

どうぞ、応援、よろしくお願いいたします。

感謝をこめて。


夢実子&
かめおかゆみこ

イセさん天で.jpgちらしおもて_縮小n.jpg
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 10:54| Comment(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物語版「零(zero)に立つ」第7章 網走まで(2)/通巻46話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演32日前!

動画、予告編は、こちら

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
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 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」公演サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44 第7章 45 
※これまでのあらすじは、こちら


いまでも、年配の北海道のひとたちは、本州(四国・九州をふ
くむ)のことを「内地」と呼ぶ。

かつて、貧しい農民、それも家督を継げない次男坊以下のもの
たちが、生きるために、北海道をめざした。

あるいは、開拓景気で、ひとやま当てようとしたものもいただ
ろう。

うまい仕事があると連れてこられ、鉄道敷設などの肉体労働に、
従事させられたひとたちもいただろう。

その誰もが、津軽海峡をわたってくる。

また、温暖化のいまは変わってしまったかもしれないが、かつ
ては、青森までが「温帯」、函館からは「亜寒帯」という区分
がされていた。

豪雪地帯は東北にもあるが、零下30度まで下がる地域は、日
本のどこをさがしても、北海道以外にはない。

その本州と北海道のあいだに横たわるのが、津軽海峡だ。

直線距離では70キロそこそこ、4時間あまりの船旅ではある
が、意外に波は荒く、たびたび海難事故が起きたことでも知ら
れている。

だから、ひとびとは無意識のうちに、そこにひとつの区切り、
境目を感じたのであろう。

ともあれ、イセたちを乗せた連絡船は、無事に函館に着いた。

もう、本州の島影は見えない。その岸壁に立って、ひとびとの
胸には、さまざまな想いが去就する。

だが、実は、イセは、そんな感傷にふけっているよゆうはなか
った。

船に乗っているときから、じわじわではあったが痛みだしたお
なかが、函館におりて、ますますひどくなってきたからだ。

ほかのものは平気なところを見ると、悪いものを食べたという
わけでもない。

しかし、休憩をとることはゆるされなかった。すぐに汽車に乗
らなければ、その次の汽車までは、また間が空いてしまう。

函館から札幌方面に行くには、現在、函館本線と室蘭本線
のルートがあるが、当時は、室蘭本線はまだ開通していない。

日本海側のルートをとおって、また、汽車は進む。函館から小
樽、札幌、目的地の旭川に着くまでに、21時間の旅である。

その硬い汽車の座席に、イセは、身をよじるようにしてすわっ
ていた。ひたいには脂汗がにじんでいる。

「どうした? 腹でも痛いのか?」

イセたちを連れてきた男が、異変に気づいて、声をかけてきた。
イセは、声も立てられず、ちいさくうなずいた。

実際、痛みは、おなかのなかをえぐるようにはげしく、耐えが
たいものになっていたのである。

汽車のなかはぎっしりの乗客で、横になる場所もない。

同行の娘のひとりが、気づかって、窓ぎわの席をゆずってくれた
が、礼を言うゆとりさえなかった。

「旭川ー、旭川ー」

ようやく、旭川に着いたと思った瞬間、イセの意識は、すうっと
うすれていった。あまりの痛みに、気を失ったのである。


ぜひ、感想をお聴かせください
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2016年07月25日

物語版「零(zero)に立つ」第7章 網走まで(1)/通巻45話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演33日前!

動画、予告編は、こちら

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
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脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44
※これまでのあらすじは、こちら


現在であれば、山形から青森までは、仙台経由のルートをたど
るであろうが、この当時、仙山線はまだ開通していない。
(開業は1928年。全通は1938年)。

日本海がわ、奥羽線(1894年開業、1903年全通)を通っ
て、山形から新庄、横手、秋田、弘前、そして青森へといたる。

当時の時刻表によれば、山形から青森までは、ぶっ通しで乗っ
て約24時間かかった。

もちろん、いまのようなリクライニングシートなどあるはずもない。
硬い直角の背もたれの座席にすわりっぱなしで行くのである。

青森からは、青函連絡船に乗って、函館までわたるわけだが、
船に乗るのがまたひと苦労だ。

というのも、当時は、青森港は、まだ、岸壁から直接船に乗れ
るようにはなっていなかった。

船は沖合で停泊し、乗客たちは、そこまで、はしけと呼ばれる
小舟に乗っていき、そこから船に乗るのである。

(ちなみに、函館港は、1910年にはすでに、岸壁からの直
接乗降ができた。青森港は地盤の悪さから、1924年まで待
たねばならなかった)

また、船室は、一等・二等・三等とあって、一等・二等は、タ
ラップでわたることができるが、三等は、鉄のはしごでのぼっ
ていかなければならない。

イセたちは、当然、三等席であるから、荷物をかかえ、必死に
このはしごにしがみついて、のぼったのである。

船内はぎゅうぎゅう詰めに、ひとが乗っていた。三等席は桟敷
席で、乗客はみな、ひざをかかえてうずくまっている。

イセとともに乗ってきた、何人かの娘たちは、途中の汽車のな
かでも、船のなかでも、ほとんど口をきかない。

これからの身に降りかかることを思えば、口が重くなるのも無
理はないが…。

かたや、桟敷の向こうがわでは、男たちが車座になって、酒を
飲み始めていた。

北海道でひとはた揚げてやるぞ、という雰囲気が伝わってきた。
同じ桟敷のなかで、この雰囲気のちがいはどうだ。

イセは、息苦しくなって、そっと甲板に出てみた。

びゅっ…と、真冬の海風が、冷たく全身をつらぬく。

青森から函館までは、四時間あまりの船旅であるが、沖合に
出れば、どこにも陸地は見えない。

目の前には、どこまでもどこまでも広がる海。そして、見上げ
れば、やはりどこまでもどこまでも、つづく空。

この空の先に、愛子がいる。里親のコウがいる。親友のみよし
がいる。

…絶対に、帰る。帰ってみせる!

泣くまい…と、イセは、かたくかたく、歯を食いしばった。


ぜひ、感想をお聴かせください
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2016年07月24日

95歳のイセさん/感想をいただいてます!/語り劇「零(zero)に立つ」を応援してくださるみなさん・第5弾

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
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本日、公演34日前!


脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44
※これまでのあらすじは、こちら


95歳のイセさんを映した動画があります。こちらです。

とても、95歳とは想えませんね。足腰もしゃきっとしているし、
ことばも明瞭。亡くなる10年前の貴重な映像です。


さて。このところ、ブログのご紹介や、感想をいただけるように
なってきて、とてもうれしいです。紹介させていただきますね!

毎日連続ドラマを見るように楽しみにしている、かめおかゆみこ
さん作「零(zero)に立つ」。主人公のイセはどうなっていくの?
とドキドキハラハラ。
(「まり」さん)

物語版「零(zero)に立つ」。毎回ハラハラドキドキしながら読ん
でます。それにしてもほんとに! こんな波乱万丈が次々やって
くる人生も稀有ですよね!これが実話なんて。大金を前借りして
遊郭…どうなるか心配です。イセさんならでの切り抜け方とは?!
過酷だろうなと思いつつ、期待してます。
(「Nobuko Yoshimoto」さん)

ずっと気になりながら、なかなかあらすじをゆっくり読む暇がな
くいましたが、先日夜中に読み始めたらとまらなくなり寝るのを
忘れて一気にぜーんぶ読みました
(´∀`)
すごく引き込まれました。イセさんの生きるチカラに引き込まれ、
かめおかさんの文章に感動し、ゆみこさんがこの方をどんな風に
演じるのか…気になって仕方なくなりました(笑)
ぜひたくさんの方に読んでいただき足を運んでもらいたい語り劇
になりそうですね‼️ 応援しています〜〜ヾ(*´▽`*)ノ
(M・Iさん)

うわあ、感涙です。ものすごく勇気とエネルギーをいただき
ました! がんばりますね!


そして、日曜日恒例の、応援団のみなさんのご紹介です!

語り劇「零(zero)に立つ」応援団31
ラフター・ヨガリーダー
Aloha晶こと高橋あきら 様
031高橋あきら_n.jpg
※チケットをあずかっていただいてます。

また、フェイスブックでは、こんなご紹介もしていただきま
した。(感謝!)

観たら「アレ?私の悩みって何だったの?」と感じ。生きる
喜びだとか、今すぐ自分のやりたいことを行動に移すチカラ
だとか、沸いてきます。



語り劇「零(zero)に立つ」応援団32
山形県若者就職支援センター
庄内プラザ
コーディネーター 澁谷恵美さま
032澁谷恵美_n.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団33
(有)仏壇の佐藤
佐藤幸美さま
033佐藤幸美_n.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団34
パリから来た和 店主の奥様
奥山和美さま
034_n.jpg奥山和美.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団35
株式会社 浅倉工業
代表取締役 浅倉啓一さま
035浅倉啓一_n.jpg

夢実子さんのお話では、
4月に村山アクトザールでの語り劇ライブには小学校のお嬢さん
と観にきてくださり、「娘がすごく感動していました」

とのこと。うれしいですね!


そして、第2弾でご紹介させていただいた、Hair with Waterさんも、
フェイスブックで応援メッセージを寄せてくださいました。

山形出身山形在住の女優、夢実子さんが送る語り劇。
生のライブを体感しようではありませんか!



毎回、たくさんの応援、本当にありがとうございます!

なお、フェイスブックページでは、夢実子さんが、お一人おひとり
を、ていねいにご紹介されています。興味のあるかたは、ぜひ、
こちらものぞいてみてくださいね!


網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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「冬のシラカバ林」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供

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2016年07月23日

これまでのあらすじ/「偶然」の一致…

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演35日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
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脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28 29 30 31 第5章 32 33 34 35 36 
37 第6章 38 39 40 41 42 43 44

★第1章★ いせよ誕生
明治34年(1901年)、今野安蔵・サダの娘、いせよ(のちの中川イセ)
誕生。サダは、産後の肥立ちが悪く、死を予感。ヤクザものの安蔵にあとを
託すことを怖れ、佐藤コウに里親を頼むと、その年のうちに亡くなった。

★第2章★ 差別と貧しさのなかで
イセは佐藤家の里子になった。佐藤家は貧しく、イセはまわりからいじめられ
たり、差別を受けたりするが、コウの愛情、親友・渡辺みよしの存在、自身の
負けず嫌いの性格で、それらをはね返して成長していく。

★第3章★ はじめての家出
10歳で突然、実家に連れもどされイセは、学校にも行けず、一日中、仕事
に明け暮れる日々。11歳の夏、モヨとの口論から、ついに初めての家出。
山形の船山先生夫妻の家で住み込みの女中をし、かわいがられるも、翌春、
船山先生に満州への転勤辞令が出て、再び実家にもどることになる。

★第4章★ イセの初恋
またまた家出し、米沢の寮づきの織物工場ではたらく。仲間もできて楽し
い日々。そんな中、隣に住む名家の次男坊・戸田茂雄との初恋も体験。し
かし、安蔵にイセの居場所を知られたことで、イセは実家に帰ることに…。

★第5章★ 女優志願
実家にいる間、地域巡演で山形にきた松井須磨子(実はにせもの)にあこが
れ、家出して上京する。しかし、たずねた帝国劇場に須磨子はおらず、い
くつかの仕事を転々とするが、結局あきらめて山形にもどることになる。

★第6章★ 運命の歯車
人絹工場、機織り工場などではたらくうち、かつて実家に出入りしていた
芸人・八重松と再会。乱暴されて子どもを身ごもり、17歳で娘・愛子を
出産。その後、北海道の遊廓への話をもちかけられ、悩んだ末、イセは3
年で500円の借金をし、そのお金で愛子を里子に出すことにする。



この連載の第4章では、イセさんの初恋の話を書いたのですが、
そのあと、夢実子さんが、フェイスブックに、こんな投稿をして
いました。(多少編集しています)

中川イセさんが遠い昔、茂雄さんとデートしたという、
米沢にある上杉神社に今朝行ってきました。

なぜか、今日行きたかったのです(笑)
ガイド役をしてくれる友人と一緒に、行きました。
 
〜中略〜

御本殿ににつく前に、
御朱印帳を忘れたことに気づき、
いったん、車に戻りました。

そのあと、松岬神社(まつがさき)にも立ち寄り、
謙信祠堂跡地にも立ち寄りしてから、行きました。

その時間が1秒でもずれていたら、
そのトキはなかったかもしれません…。

ちょうど、参拝が終わった人とすれ違い、
本殿前に行き、二礼二拍手をしたとたん、
神主さんが祝詞をあげだしたのです。

そこには、私と友人以外、誰もいません。
まるで、私たちのために
祝詞をあげてくださったかのよう…

そして、私の願いごとはもちろん…!



はい。もちろん、
満席にて本番が成功しますように…。

ということもありますが、

きていただいたお客さますべてに、
イセさんの半生をとおして、
愛と勇気と感動を届けられますように。


…ということだと想います。

祝福(応援)してもらって、よかったですね、夢実子さん!


さて。この、いわば「偶然の一致」。よくあることだと想われ
るかもしれませんが、

一昨年2014年9月に、横浜で、夢実子さんの「中川イセ物
語」(このときは、夢実子さんが、山谷一郎さんの『岬を駈け
る女』を抜粋したもの)をはじめて聴き、

その12月には、私の帰省を兼ねて、一緒に網走に行き、そこ
でイセさんゆかりのひとびとと出会い…

というプロセスのなかで、私たちは、数えきれないほどの「偶然」
に出会いました。

偶然に出会ったひとが、イセさんとつながりのあるひとだったり、
山形出身だったり…なんてケースは、一度や二度ではありません。

その最たるものが、網走初演の日程でしょう。

通常、平日の夜って、あまり舞台はやらないものです。が、会場の
都合、実行委員会の事情などもあり、水曜日の昼夜公演が決ま
ったのです。

その「8月26日」が、「偶然」にも、イセさんの誕生日だったのです!

実行委員会の席では、誰も知らなかった、いえ、知っていたひとは
いますが、そのときには思い出さなかったのです。

会議が終わって、「日程が決まったよ」と報告して、「その日は、
ばっちゃん(イセさんの愛称)の誕生日ですね」と言われて、はじ
めて思い出したという…。

だから、上記の夢実子さんの、神社でのエピソードも、たしかに
「偶然」ではあるのですが、なんだか、イセさんに、また背中を
押されちゃったなあ、という気がしないでもありません。


シベールアリーナ公演、まもなく1か月前になります。

おかげさまで、早い時期から、チケットはおもとめいただいてい
ます。遠方からいらっしゃるかたもいます。感謝です。

が、今回は席数もおおいため、
まだまだまだまだまだまだ
お席によゆうがございます。

夢実子さんから、「『まだまだ』が3回もあると、まるでチケットが
売れてないみたいで、『おもしろくなさそう』って想われそう。35
日前にもかかわらず、着実に売れてますから!」という、うれし
ツッコミご指摘をいただき、訂正いたします。(笑)

私たちは、いわゆる劇団とはちがい、プロジェクトチームとして
活動していますので、一回一回の公演が勝負です。

ぜひ、イセさんの生きかたを、おおくのひととわかちあっていく
ためにも、今回の公演、満席にて成功させたいのです。

おちからを貸していただけるとうれしいです。もちろん、私たち
も、できることを精一杯やって、がんばります。

イセさんも、どうぞ、応援してくださーい。
(すでにたくさんしていただいていますが!)

と、天を仰いで、今日のメッセージに代えたいと想います。(笑)


★2014年12月、夢実子さんとかめおかゆみこの
 北海道・網走訪問記こちらからダウンロードできます♪


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「冬の樹木」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 10:11| Comment(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする