2016年06月30日

物語版「零(zero)に立つ」第4章 イセの初恋(4)/通巻29話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演58日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 28
※これまでのあらすじは、こちら


それから2人は、休日のたび、そのうち、イセの工場での仕事が終
わったあと、毎日のように会うようになった。

工場勤務が終わって、着替えて門の外に出ると、茂雄が自転車を
用意して待っている。2人でそれに乗って、米沢城址のある松が岬
公園に出かけるのだ。

そうして、石段に腰かけて、小1時間ばかり話をするのは、最初の
デートのときから変わらないパターンであった。

茂雄は、驚くほど博識であった。とくに、社会、なかでも歴史に関
する知識に長けていた。

「山形県というのは、実に由緒のある土地なんだ。いまから3万年
前には、もう、人間が移り住んでいたと言われているんだ」

「3万年?!」

そのたびに、イセは目を白黒させる。小学校では、読み書きとそろ
ばんはやったけれど、歴史なんてほとんど学んでこなかったからだ。

それどころか、まわりの誰もそんな話をするのを、聴いたことがない。

「最上川や荒川、それに赤川…山形のおおきな川のそばでは、土
器とか昔の道具がよく見つかるよ。そのときからいままで、ずーっと、
歴史はつながっているんだ」

茂雄のことばは、次第に熱を帯びる。イセは、なんだか、学校の授
業を受けているような、不思議な気分になってきた。

(わだすが、小学校も出てないって言ったから、一所懸命、教えて
くれようとしているのかな)

そんなことを想いながらも、知らない知識を吸収することは、イセ
にとってもうれしいことだ。

そして、さまざまな知識を知り、それを惜しみなく教えてくれる茂
雄にたいして、尊敬の念がましてくるのだった。

「上杉家は、いまから100年くらい前には、借金が20万両くらい
あって、財政は完全に行き詰まっていた。そこで、新藩主になっ
た上杉治憲(はるのり)殿は、きびしい倹約をおこなったんだ」

「はるのり? はじめて聴く名前」

「鷹山公のことだよ。鷹山っていうのは、隠居したあとの名前。
とにかく、そのあとも、天明の大飢饉とか大変なことがたくさんあ
ったんだけど、とうとう藩の財政を立ち直らせたんだ」

茂雄は、まるで自分の手柄のように、うれしそうに語る。

その生き生きとした表情を見ていると、イセは、自然に胸がどきど
きしてきた。

「そして、これからの時代は学問が必要だからと、いったん閉鎖さ
れいた藩の学校、興譲館を復活させて、身分を問わず、学問を学
べる場所をつくったんだよ」

茂雄は、そこまで話すと、あらためて気がついたように、イセの顔
を見た。

「あ、ちょっとむずかしかったかな?」

イセは、大急ぎで、首を横に振った。

「すごくおもしろい。知らないことばっかりなんだもの」

「そうか。よかった」

茂雄はほっとしたように笑った。その笑顔を見て、イセの胸は、ま
たどきどき高鳴ってくるのであった。

手をにぎることさえない、おさない、おさない恋である。

最初のうちこそ、イセが帰ってくるたびに、「どうだった?」と質問
責めにしていた、女工仲間たちも、最近では、「お帰り〜」という
だけである。

いや、下手に訊こうものなら、今度は、イセの口から「鷹山ってい
うのは、隠居したあとの名前で…」なんて、「講義」がはじまりか
ねない。

仲間たちは、「イセちゃん、それよりも、いつもの歌を歌って。お
話を聴かせて」と、せがんで、話をそらすのである。

そんな日々を重ねながら、2人のこころの距離は、会うたびに近
づいていった。

あるとき、帰りぎわに、茂雄は、イセに、そっと何かを手わたした。

「これ、よかったら、使って」


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2016年06月29日

物語版「零(zero)に立つ」第4章 イセの初恋(3)/通巻28話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演59日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 27 
※これまでのあらすじは、こちら


約束の時間、イセが、緊張した面持ちで、松か岬公園の門のところ
で待っていると、茂雄は自転車に乗ってやってきた。

ときは、大正時代。大正デモクラシーの時代をむかえて、都会では
「モダンガール」がはなばなしく台頭し、街なか自転車で乗り回す
ものもいた。

けれども、一般の庶民にとっては、自転車はまだまだ高嶺の花。ま
して、山形の一地方都市では、中学生が自分の自転車をもっている
など、特別なことなのだった。

茂雄は、イセを見つけると、うれしそうに笑顔を見せた。

「こんにちは。君、自転車には乗ってこなかったの?」

「あ、あれは、出入りの業者さんのだから」

イセは、どぎまぎしてこたえた。茂雄は、あの自転車乗りの自分
の姿を見ていたのだ…。

「そうだったんだ。今日は来てくれてありがとう。君のこと、イセ
さんって呼んでいいかな?」

「は、はい」

「ぼくのことは、よかったら、茂雄って呼んでください」

「茂雄…さん」

「はい」

茂雄は、イセの返事ににこっとし、門の脇に自転車をおくと、す
たすたと歩きだした。

「行こうか。まず、上杉公にお参りをしよう」

イセも、あわててそのあとを追う。

「ここはもともと、米沢城があった場所なんだ。上杉謙信公、上杉
鷹山公のことは、知ってるよね?」

「あ、…うん、いえ…、はい!」

山形県人で、上杉謙信、上杉鷹山の名前を知らぬものは、もちろん
いないだろう。

けれども、小学校を4年までしか出ていないイセが、詳しく知って
いるかといえば、それはまた別の話だ。

「ここが謙信公御堂跡。明治5年に、謙信公を祭神として、上杉神
社が建てられて、明治9年には、正式に社殿を建てたと言われてる。
ここは、 米沢では一番神聖な場所とされてるんだよ」

石段に腰かけて、茂雄の話はまだまだつづく。イセは、なかばあっ
けにとられて、茂雄の顔を見ているばかりだった。

「茂雄…さん、お詳しいんですね」

イセが、精一杯の敬語をまじえてたずねると、茂雄は、またにこっ
と笑顔を見せて、こたえた。

「うん。ぼくは、米沢に生まれて米沢に育った。米沢のことをとて
も誇りに想ってるんだ。だから、なんでも勉強したいんだ」

イセは、そのことばを聴いて、どきっとした。イセにとって、故郷
の天童は、いい想い出がほとんどない。誇りに…なんて、意識した
ことは、一度もなかったからだ。

小一時間も、そんなふうに話をしたろうか。(正確には、茂雄の話
を一方的に聴いていた、という感じではあったのだが)

ようやく、帰ってきたイセを、女工仲間たちがわっと取り囲んだ。

「ね、ね、どうだった? 何話したの?」
「どんなひとだった? やさしかった?」
「どこに行ってきたの? ねえ、話してよ」

10代の娘たちにとって、コイバナ(とは当時は言わなかったけれ
ども)は、最大の関心事である。夢中になるのも無理はない。

イセは、そのいきおいに押されつつ、しどろもどろにこたえた。

「うん。たくさん、話、聴いた。米沢のことがよくわかった」

「何、それ〜?」

イセの話に、娘たちは、あきれ、そして、大爆笑するのであった。


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2016年06月28日

物語版「零(zero)に立つ」第4章 イセの初恋(2)/通巻27話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演60日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
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第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
第4章 26 
※これまでのあらすじは、こちら


「おじさん、その自転車、ちょっとだけ貸してください!」

休憩時間、工場の外で休んでいると、工場出入りの業者が、自転
車で荷物を運んできた。それを見て、イセは思わず叫んでしまった。

「え? 自転車、乗れるのか、おまえ」

「もちろん!」

イセは目をきらきらさせてこたえた。

実家で桑集めをしていたとき、安蔵から借りて使っていた自転車。
あの爽快感は忘れられない。

「じゃあ、ちょっとだけだぞ」

出入り業者も、おもしろいと想ったのか、あっさりとイセに自転車
を貸してくれた。

イセは、さっそうとその自転車に飛び乗り、慣れたハンドルさばき
で、あたりを走り回ってみせた。

「イセちゃん、すごーい」

女工仲間たちも、そのようすに歓声をあげた。

「おいおい、休憩時間はそろそろ終わりだぞ」

歓声を聴きつけて外に出てきた工場長も、イセが自転車で
走り回るようすに、目を丸くした。

歌が上手で、お話もたくみで、そのうえ自転車にも乗れる。
イセは、すっかり、みんなの注目の的になってしまった。

そんなある日のこと。

「イセさん、手紙が届いてるよ」

仕事からもどると、そう言って一通の手紙を手渡された。差出人を
見ると、ていねいな字で、「戸田茂雄」とある。

「誰だろ?」

すると、目ざとくそれを見つけた同僚のひとりが、声をあげた。

「ええーっ! イセちゃん、知らないの?! 戸田っていったら、
この工場の隣の、あのでっかいお屋敷のことよう」

その声を聞きつけて、ほかの娘たちも集まってきた。

「なんでも、議員さんやってるんだって」
「工場経営してるって、聴いたよ」
「ご先祖さまは、米沢藩の家老職だったんだって!」

このあたりでは、かなりの資産家、名士らしい。どうやら、何も
知らなかったのは、イセだけだったようだ。

「てことは…、この茂雄ってひとは?」

「ご子息さまに決まってるよ。それも、中学2年の次男坊のほう」

つまりは、イセよりひとつ年上ということになる。

「ね! ね! 何が書いてあるの?」

イセはみんなに取り囲まれ、てんてこまいになってしまった。

ようやくひとりになって、手紙を開いてみると、みじかいあいさ
つ文のあとに、「今度の休日に、松が岬公園にて会いたし」と書
かれてあった。

松が岬公園とは、上杉城跡につくられた公園で、明治6年に城が
とりこわされ、その後、整備されて、明治9年から、市民に公園
として開放されている。

いまでは250本の桜が咲き誇る、観光スポットのひとつとなっ
ているが、この時代にはまだ、それはない。

さて、その、約束の、次の休日がやってきた。


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2016年06月27日

物語版「零(zero)に立つ」第4章 イセの初恋(1)/通巻26話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演61日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
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第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
※これまでのあらすじは、こちら


船山先生は親切心から、安蔵に「イセを学校にやってくれ」と頼ん
でくれたわけではあるが、結果的に、居場所がわかってしまい、
イセは実家に連れ戻されることになった。

しかし、帰ったとたんに、生活は以前に逆戻り。当然、学校にな
ど行かせてくれるはずもない。

しかも、後妻のモヨの態度は、前にもまして、辛辣なものとなった。

「親が心配しているのも気にかけない。世間さまが、あそこんち
は継母だから、うとましくて出ていったんだろうって、陰口言う
ことも考えない。本当に、あんたは情の薄い子だよ」

まるで、すべての咎がイセにあるとばかり、そんな厭味を、ねち
ねちと繰り返すのである。

以前のイセなら、がまんして聞き流すか、食ってかかるかしただ
ろう。しかし、1年足らずとはいえ、外ではたらき、給金ももら
って暮らしたイセは、以前のイセではなかった。

「ここにいても、前みたいに、ただばたらきさせられるだけだ」

そう考えたイセは、半月も経たないうちに、2度目の家出を決意
するのである。

さいわい、近所に住むひとから、「息子が米沢で織物工場をやっ
ている」という話を聴きつけた。

「仕事、あるかな」と訊くと、「いまは景気がいいから、いつで
も女工を募集してるよ」と、教えてくれた。

ときは、1913年(大正3年)。第一次世界大戦前夜であり、
その圏外にあった日本は、商品輸出で、空前の好景気を迎えよ
うとしていた。

船山家でもらった給金の残りで、汽車に行って米沢に行き、すぐ
に工場をたずねた。女工たちは、工場の2階に寝泊まりして、は
たらいているという。これで住むところも確保できた。

工場で仕事をした経験はなかったので、最初は、まかないの手
伝いで入った。これは10歳のときからやっているので、困るこ
とはなかった。

あわせて、織物の仕事も手ほどきを受けて、2か月もすると、も
う、工場ではたらくことができるようになった。

そのあいだに、一緒にはたらく女工たちとも、仲よくなった。

女工たちは30人ほどいて、たいていはイセより少し年上だった。
イセの身の上を聴くと、みんな、うなずき、こころを寄せてくれた。

「ここはね、いいところだよ。そりゃあ、はたらくのは大変だけど、
まじめにやってれば、お金もたまるし、みんな仲良しだから、休み
の日には一緒に街に買い物に行ったりしてさ」

そう言って、はげましてくれるのであった。

ジャガラン、ジャガラン…。

女工たちが織物機械を動かすと、機械がまわり、リズミカルな音
を立てる。その軽快なリズムに、自然にこころも軽くなる。

もともとはたらくことはきらいではない。気がつくと、イセは、ちい
さく歌を口ずさんでいた。実家にいたころ、芸人たちから教えて
もらった歌が、自然に口をついて出てきたのだ。

「イセちゃん、歌、上手だね。でも、あんまりおおきな声を出した
ら、主任さんに叱られるよ」

隣で機械をまわしていた仲間が、くすっと笑って、ささやいてきた。

そんな話を、仲間たちが聴き捨てておくはずがない。仕事が終わ
り、食事をして、ふとんを敷く時間になると、誰言うともなく、
イセに話しかけてきた。

「ねえ、イセちゃん、歌、上手なんだって? 歌って聴かせてよ」

言われて、ことわる理由もない。イセは、頼まれるままに、民謡や
ら童謡やらを歌ってきかせた。ときには、当時の歌謡曲も披露し
てみせた。

仲間の娘たちは、やんややんやの大喝采である。なかには、興に
乗って、踊りだすものまでいる。

「イセちゃん、ほかに何かできる?」

また別の誰かがたずねた。

そのとき、船山先生の家や学校で見せてもらった、絵本やお話の
本のことが思い出された。利発なイセは、それらをほとんど暗記
してしまっていた。

それを告げると、娘たちは、また、「聴かせて、聴かせて」とはやす。

おかげで、毎晩のように、イセは、みんなの前で歌い、語る役目を
おおせつかるようになった。それをしないでは、寝かせてくれない
ほどである。

イセは、うれしかった。

ちいさなころから、貧乏人の子、里子と差別されて育った。男の
子とはけんかざんまいだった。そのためもあって、女の子たちも
誰も近づこうとしない。親友のみよしをのぞいては。

それが、いま、たくさんの仲間たちに囲まれている。自分の歌や
話を、楽しい、すばらしいと言って、聴いてくれる…。

そして、うれしいことは、それだけではなかった。


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「日没の網走川河岸」 
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2016年06月26日

語り劇「零(zero)に立つ」を応援してくださるみなさん・第1弾

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット発売開始は、6月20日!
本日、公演62日前!


脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25
※これまでのあらすじは、こちら


さて。日曜日は、感想掲載…のつもりだったのですが、今週は、
いただいている感想がないため、見送りです。(しょぼん)

代わりに、というわけではなく、この山形公演を全面バックアップ
してくださる、夢実子さんの応援団、「零(zero))に立つ」サポー
ターのみなさんを、ご紹介していきたいと想います。

語り劇「零(zero))に立つ」は、昨年8月の網走初演、12月の天
童公演、そして今回の山形公演、いずれも、たくさんの応援をい
ただいて、成立しています。本当にありがたいことです。

そんなサポーターのみなさんを、夢実子さんがおひとりずつ紹介し
ています。そちらを転載させていただきます。まずは、第1弾です!


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bP
今回の劇場となります、シベールアリーナさま。
ポスターを持っていただいている方はさいとうさん。
0619応援01_シベールアリーナさいとうさまn.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bQ
「零(zero)に立つ」実行サポーター長 荘司章彦さん
0619応援2_「零(zero)に立つ」実行サポーター長n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bR
株式会社ハイテックシステムの土屋浩社長さま、土屋玲子専務さま。
0620応援0株式会社ハイテックシステムの3_n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bS
NiクリエイトIT経営コンサルタント 中村友祐社長さま
0621応援04NiクリエイトIT経営コンサルタント中村友祐社長_n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bT
まいちゃんと伊藤博美さん。
まいちゃんは全国を飛び回っている人に癒しを与えるお仕事をしています。
伊藤博美ちゃんは、フリーアナウンサーで温泉ソムリエ。
0622応援05まいちゃんと伊藤博美さん_n.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bU
「零(zero)に立つ」実行サポーターズ
株式会社アイ・タックル 水沢正志社長さま
応援団bU水沢社長_n.jpg


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bV
「零(zero)に立つ」実行サポーターズ
山形中央観光株式会社 加賀善子社長さま
山形中央観光株式会社加賀善子_n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bW
株式会社ナコン 武田由香里社長さま
0624応援08武田ゆかり_n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


語り劇「零(zero)に立つ」応援団bX
有限会社 やまがたホケンセンター
代表取締役 斎藤栄司さま
0625応援9_n.jpg
★チケットをあずかっていただいています。


本当にありがとうございます。感謝します!
応援団、まだまだふえつづけます。
また来週紹介させていただきますね♪

本番、どうぞ満席で迎えられますように!
よろしくお願いいたします!


網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
0626034.jpg
「秋鮭の投げ釣り」 
一般社団法人網走市観光協会さまご提供
posted by 夢実子「語り劇」プロジェクト at 07:16| Comment(0) | 報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月25日

これまでのあらすじ/「あったかもしれない」物語

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演63日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
 オフィス夢実子(事務局・菅野)080-6020-8837
         メール・zeronitatsu@yumiko333.com
 シベールアリーナ 023-689-1166
 八文字屋POOL(山形市) 023-622-2150
 TENDO八文字屋(天童市)023-658-8811、
 「零(zero)に立つ」実行サポーターズメンバー、他
    


脚本担当・かめおかゆみこです。

土日祝日は、連載はお休みさせていただいています。



第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25

★第1章★ いせよ誕生
明治34年(1901年)、今野安蔵・サダの娘、いせよ(のちの中川イセ)
誕生。サダは、産後の肥立ちが悪く、死を予感。ヤクザものの安蔵にあとを
託すことを怖れ、佐藤コウに里親を頼むと、その年のうちに亡くなった。

★第2章★ 差別と貧しさのなかで
イセは佐藤家の里子になった。佐藤家は貧しく、イセはまわりからいじめられ
たり、差別を受けたりするが、コウの愛情、親友・渡辺みよしの存在、自身の
負けず嫌いの性格で、それらをはね返して成長していく。ところが、10歳に
なると、父・安蔵と後妻のモヨがやってきて、イセを実家にもどすという…。

★第3章★ はじめての家出
実家にもどったイセは、学校にも行かせてもらえず、一日中家の仕事を言い
つけられる。11歳の夏、泥棒よばわりされたのを契機に、初めての家出。
山形の船山先生夫妻の家で住み込みの女中をはじめる。夫妻は、イセの才
覚を見抜き、勉強の手ほどきをしてくれるが、翌春、船山先生に満州への転
勤辞令が出て、幸福な時間は終わりを告げる。


連載をはじめて、1か月が過ぎました。
(平日連載なので、まだ25話までしかいっていませんが)

実在した人物の物語を書くというのは、フィクションとちがって、
ちょっとむずかしいところがあります。

歴史的な人物を登場させた脚本は、過去に何度か書いたこと
がありますが、物語を書くのははじめてです。

さらに、近代、とくについ最近まで生きておられたかたの場合、
そのひとのことを知っているひとがいます。史実にないような、
いいかげんなことは書けません。

ただ、書きはじめて、あらためて想ったことがあります。仮に、
著名人であろうと、そのひとのすべての歴史を記録しておく、と
いうことはできません。

まして、将来どうなるかわからない、子ども時代のことであれば
なおさらです。

今回、山谷一郎さんの「岬を駈ける女」を主要資料にさせてもら
っていますが、その山谷さんの著書のなかでも、これは創作だろ
うなと想われる部分が、何か所もあります。

イセさんの半生をあつかった、ほかのかたの著書も同様です。

それを書くひとのなかに、それぞれの「イセさん像」が、ありあ
りとあり、イセさんであれば「こうであったかもしれない」物語
を描いているのです。

そして何をどのように描くかは、それぞれの、イセさんにたいす
る想いのかたちなのだと想うのです。

そんなわけで、私も、同様に、私なりの「あったかもしれない」
物語を書いています。書くたびに、私のなかで、私だけの「イセ
さん」像が、ふくらんでくるのを感じます。

もちろん、まったくちがう性格や描写になってしまっても困りま
すから、あくまでも、これまでの取材や資料にもとづいて…のこ
とにはなりますが。

来週からは第4章にすすみます。これまでも苦難の連続であった
イセさんの人生ですが、ここからますます大変な世界に踏みいっ
ていきます。

私なりの「イセさん」を、これまで以上に楽しんで書きすすめて
いきたいと想います。応援していただけたらうれしいです。


網走市観光協会さまのサイトより、ご承諾を得て
網走の写真をお借りしています。ありがとうございます。
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2016年06月24日

物語版「零(zero)に立つ」第3章 はじめての家出(11)/通巻25話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演64日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
チケット購入先
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 シベールアリーナ 023-689-1166
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脚本担当・かめおかゆみこです。

山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
ていくつもりです。ご感想をいただければ励みになります。よろしくお願いします。


第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24
※これまでのあらすじは、こちら


「ツヤ、満州の日本人学校への転勤が決まった」

船山先生は、少し興奮したおももちで、妻のツヤ先生にそう告げた。
このとき、時代はまだ、大正に入ったばかり。

満州移民というと、1932年からの満蒙開拓団をイメージされる
かたもいるかもしれないが、移民そのものは実際には、明治時代か
らすでにはじまっていた。

ただ、この時期の「開拓」は、相当な困難をきわめたようだ。

夢と希望をいだいて大陸にわたったひとびとのなかには、不毛の荒
れ地を一から開墾したり、田んぼをつくっても水不足で泣かされた
り…。離村するものもあとを断たなかったという。

辞令を受けた船山先生が、どれだけの事実を把握していたかは知ら
ない。しかし、辞令とあらば、受ける以外に道はない。

そして、船山先生は、イセを連れていくという選択をしなかった。
これだけは、たしかな事実なのである。その正確な理由はいまとは
なってはわからない。

船山先生夫妻は、のちに無事に満州から日本にもどってきて、イセ
との再会も果たしているようだが、この当時の話について語られた
かどうかは、記録には残っていない。

単純に考えれば、わざわざ日本から女中を連れていかなくても、現
地で、安い給料でやとえる女中はいくらでもいる。

あるいは、イセにとっては、満州に行けば、いまよりさらに勉強の
チャンスはなくなってしまう、と考えたのかもしれない。

実際、このとき、船山先生は、わざわざイセの父、安蔵に、「イセ
は、みどころがある。きっと将来、おおきな仕事をするようになる
だろう。いまのうちにきちんと勉強をさせてやってほしい」と、頼
んでいるのである。

もっとも、そんな話を素直に聴きいれる安蔵ではない。

「なんだと。余計なお世話だ。大体、まだ12にしかならねえ娘を
女中として使うとは、なにごとだ。とっととこっちにもどせ」

自分から出て行けと言ったことなど、まるで忘れたかのように、い
けしゃあしゃあと、こんなことを言うのである。

別れの日は刻々とちかづいてきた。

「イセちゃん、一緒に連れていけなくてごめんなさいね。またきっ
と会いましょうね。それまで元気でがんばってね」

ツヤは、そう言って、イセを強く強く抱きしめた。そうして、船山
家での幸福な時間は、終わりを告げたのである。


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2016年06月23日

物語版「零(zero)に立つ」第3章 はじめての家出(10)/通巻24話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演65日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
会場/シベールアリーナ(客席数522)
観劇料/3000円(当日3500円)
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山谷一郎著『岬に駈ける女』を主要資料としながら、かめおかの視点で、イセさんの
物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
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第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22 23
※これまでのあらすじは、こちら


「イセちゃんのおかげで、本当に助かるわ」

授乳をすませたツヤ先生は、ほっこりとイセにほほえみかけた。

イセは、さっき、ツヤ先生がきたときに手に持っていた教科書が、
机の上におかれているのを、見やった。

「ツヤ先生、ひとつ、お願いがあるんだけど」

「なあに、言ってごらんなさい」

「いらなくなった教科書、あったら、ほしいんだ」

イセのことばに、ツヤ先生は一瞬びっくりした顔をしたが、すぐに
また笑顔を見せて、こたえた。

「いらない教科書というのはないけど、いま、私が使っているもの
なら、家にいるあいだ、見てかまわないわよ」

「ありがとうございます!」

その日の夕餉の時間、ツヤは夫である船山先生にも、その話をした。

つねづね、イセの才能を感じ取っていた船山先生は、おおいにここ
ろを動かされたと見えて、イセを呼んでこう言った。

「イセ。これからは、男・女関係なく、学問が必要な時代がやって
くる。おまえは勉強が好きなようだから、今日から少しずつ、私が
教えてやろう」

イセは、このことばに、舞い上がるようなよろこびをおぼえた。

船山先生は、約束をたがわず、その日から、イセのために、時間を
とってくれた。読み書き、算術だけでなく、歴史や生物・化学など、
その内容は、広範囲に及んだ。

イセの飲み込みは、すばらしかった。まるで、砂漠に水がしみこん
でいくような、あるいは水を得た魚のような。そんなてごたえがあ
った。

そんなようすに、船山先生夫妻は、「イセはたいしたものだ。教え
たことは忘れない。むずかしい理屈もひと晩で飲み込んでしまう」
などと感心しあうのだった。

さらに、ツヤ先生も、イセが毎日、学校に赤ん坊を連れていくたび
に、いろいろな本を見せてくれた。それは、絵本や図鑑のこともあ
って、イセのこころは、学びの意欲と好奇心でぱんぱんになった。

そして、ある日など、ツヤ先生は、こっそりイセを教室に呼んでく
れた。休んだ子どもの机が空いていて、イセをそこにすわらせてく
れたのだ。

かごに入れた赤ん坊をわきに寝かせて、もしも泣いてしまったとき
は、教室の外であやしてね…という条件つきではあったけれど。

まわりの子どもたちは、イセのことが気になるようで、ちらちらと
盗み見てくる。が、そんな視線はまったく気にならない。

教室で授業が受けられる! そのことがうれしくてうれしくて仕方
がなかったのである。

赤ん坊も、そんなイセの気迫が伝わるのか、泣いたりぐずったりす
ることもなく、すやすやと眠ってくれているのだった。

この、船山先生夫妻の家での暮らしが、どれだけ幸福だったかは、
イセがのちに、市議会議員になり、網走市名誉市民になってからも、
忘れずに語っていたほどであるから、よほどのことだったのだろう。

しかし、その幸福も永遠にはつづかない。

翌春、船山先生に、一通の辞令が届くのである。


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2016年06月22日

物語版「零(zero)に立つ」第3章 はじめての家出(9)/通巻23話

天童で産まれ網走で活躍した、中川イセさんの半生を描いた
語り劇『零(zero)に立つ
〜激動の一世紀を生きた中川イセの物語〜』


本日、公演66日前!

日時/2016年8月27日(土)18:00開演
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物語をつむいでいます。物語ですので、すべてが事実ではなく、想像やフィクション
がまじる部分もあります。けれども、イセさんの生きかたの根本ははずさないで書い
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第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21 22
※これまでのあらすじは、こちら


イセが、船山家の住み込みの女中になって、1週間ほど経ったある
日。ツヤが赤ん坊をあやしながら、イセに言った。

「そろそろ、イセちゃんに、この子をあずけたいの。お昼前と午後
と、2回、お乳を飲ませたいから、明日から、私の学校まで、この
子を連れてきてほしいの」

聴けば、これまでは、毎朝、学校に近い親戚の家に寄って、赤ん坊
をあずけ、お昼に一度、お乳をやりにまた足を運び、午後のぶんは、
そのときにしぼって、親戚に託していたという。

けれども、親戚の家では、いちいち赤ん坊にかまっているひまもな
いので、日中は、かごに入れたまま、お昼まで置きっぱなしの状態
になってしまう。

この時代、農家などでは、みな似たような状況ではあったけれども、
船山夫妻はともに教員であったから、暮らしにゆとりがあった。

教育の点でも、安全の点でも、子守をやとおうというのが、ふたり
の一致した考えで、それで、イセが選ばれたわけなのだった。

この1週間、朝晩の子守は、すでにまかせてもらっている。赤ん坊
も、イセによくなついてくれているから、何の心配もない。

それよりも、たとえ、子守の用であっても、学校に行ける! その
ことに、イセのこころは躍った。

翌日、ふたりがそれぞれの学校に出かけていったあと、イセは、時
間が経つのが待ち遠しくてたまらなかった。

時間になると、おぶいひもをしっかりと結び、赤ん坊を背中に背負
う。赤ん坊は、きゃっきゃと笑って、イセの背中にしがみついた。
学校までは、3キロほどの道のり。歩いて40分ほどかかる。

はずむこころに、自然に足どりも速くなる。学校に着いたときには、
まだ、午前の授業は終わっていなかった。しかたなく正門の脇に
たたずんでいると、ひとりの男が中から出てきた。

「なした? 何で中に入らん? おや、見かけない顔だな」

男は、ここの学校の小使いであると名乗った。

「あの、船山ツヤ先生のうちに住み込みで女中してます。先生の、
お乳の時間にあわせて来るようにって…」

すると、男は、とたんに相好をくずして、うなずいた。

「そうか、そうか、ツヤ先生の…。それじゃあ、授業が終わる
まで、中で待つといい」

イセが深々と頭を下げると、赤ん坊がずりあがり、びっくりして、
「ふぁああ…」と、泣きかけた。あわてて揺すって落ち着かせ、
草履をぬいで、はだしのまま廊下にあがった。

そっと音を立てないように、イセは、廊下を歩いた。教室のなか
からは、先生たちが教科書を読んだり、黒板に文字を書きつけ
る音が聴こえてくる。それだけで、イセの胸は高鳴った。

小使いさんの部屋で待たせてもらい、赤ん坊をあやしていると、
やがて授業の終わりを告げる鐘が鳴った。ほどなくして、ツヤ
先生が、足早にあらわれた。


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2016年06月21日

物語版「零(zero)に立つ」第3章 はじめての家出(8)/通巻22話

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第1章     第2章      10 11 12 13 14 
第3章 15 16 17 18 19 20 21
※これまでのあらすじは、こちら


「君には、ここに寝泊まりしてもらうから」

船山先生が、家の一番端にあるこぢんまりした部屋を、イセに
案内した。こざっばりと、きれいな部屋である。

「オレ、何からすればいいんですか?」

イセがたずねると、船山先生はまじめな顔でこたえた。

「イセ、自分のことをオレと言うのは、あまり感心しないな。
今度からは、わたし、と言いなさい」

里親のコウも、親友のみよしも、まわりの子どもたちも、ここい
らでは、みんな、「オレ」と言っているけどなあ…。と、イセは
こころのなかで、思ったけれども、口には出さず、うなずいた。

船山先生夫妻は、なまりはあったけれど、とてもていねいで、き
れいなことば使いをした。その話しかたに、ほんのりとしたあこ
がれを感じたからだ。

それでも、なまりの強いイセは、なかなかきれいに「わたし」と
は言えず、たいてい、「わたす」とか「わだす」になってしまう
のだが、船山先生はそれ以上は言わず、にこにこ聴いてくれた。

仕事は、安蔵やモヨから言いつけられてきたものから比べると、
拍子抜けするくらい、楽なものだった。

なんといっても、船山先生夫妻は、夫婦二人で暮らしていたので、
炊事ひとつとっても、あつかう量はかぎられていたからだ。

朝、日が昇るとともに目を覚ますと、イセは、まだ眠っている船
山先生夫妻を起こさないように、そうっと起き上がると、炊事場
と廊下の窓を開ける。

朝のすがすがしい空気が、家じゅうに流れこんでくる。その空気
を思い切り吸い込み、家の裏の井戸から水を汲んできて、まずは
顔を洗う。

はたきをかけ、掃き掃除をすると、残った水で、雑巾がけをする。
ちからをこめて、床をみがきあげるのは、なんとも気持ちのいい
ものである。

そうこうするうちに、ツヤが起きてくるから、一緒に朝食のした
くをする。

「イセちゃんは、はたらきものね」

イセの仕事ぶりに、ツヤは目を丸くして言った。とても12歳と
思えぬほどに、手際がよかったからだ。

「いっつも、10人ぶんとか、20人ぶんをつくってたから」

イセが言うと、ツヤはますます目を丸くして、イセの話を聴きた
がるのだった。

ツヤがあんまり熱心に聴いてくれるので、イセも思わず、過去の
あれこれを思い出しては語った。

そうして語っていると、つらかったこともくやしかったことも、
不思議と、気持ちが洗い流されて、すっきりしてくるのだった。

ふたりが学校に出かけたあとに、先生の部屋の掃除をする。

あるものの位置は動かさないようにと言われていたから、ちょっ
とおっかなびっくりに、はたきをかける。

先生の部屋には、壁いっぱいに書棚があって、そこはびっしりと
本で埋めつくされていた。学校で使う本だけでなく、小説もたく
さん、並んでいた。

森鴎外、小泉八雲、樋口一葉、泉鏡花、尾崎紅葉、島崎藤村
などなど…ずらりと、名前が並んでいる。船山先生は、読書好き
で、よく夜更けまで、それらの本を読んでいるのだった。

そんな書棚を見ていると、イセは、胸がきゅんとしめつけられる
ような気がした。

「学校、行きてえなあ。ほかの子みたいに、本を読みたい。字も
習いたい。そろばんもしたい…」

イセは、書棚の本の背表紙をなぜながら、ちいさくつぶやいた。

10歳の春以来、実家で、一日じゅう仕事に明け暮れているうち
に、いつか思うことさえやめていた気持ちであった。それがいま、
あふれるようにこみあげてきてならないのである。


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